第40話・現実逃避

 中野に尊厳を破壊されたガンマが取った行動は、逃避だった。


 仮想世界とのシンクロが溶けた瞬間、ガンマは雑に荷物を手に取ると、一目散に部屋から、更にはジムから飛び出していた。


 頭の中は空白。

 怒りや悲しみ。それどころかなげきすらも無い。


 あるのはただ、一刻いっこくも早くここから逃げ出さないといけないという本能だけだった。


 理由も分からず走り続け、肺が悲鳴を上げ、動けなくなった頃。

 ガンマは唐突に歩道のすみひざをついた。


「うっあ。うっうぅ」


 ダムが決壊けっかいしたかのように涙が溢れてくる。

 ほおからあごを通り、コンクリートへと流れ落ちた液体は、最初は黒い点を。数十秒後には大きな染みを作った。


 完璧に打ち砕かれた。

 強みも、モチベーションも、プライドも。


 更には仲間にも迷惑を掛けてしまった。

 ガンマが確固かっこたる意志で対戦を拒否しておけば、彼女達が嫌な思いをすることもなかっただろう。


 後悔の念が押し寄せきたところに、ズボンのポケットに突っ込んでいた携帯が鳴った。

 恐る恐る見てみると、多数の着信の中に混じった悪意。


 見てはいけないと思いながらも、中野からのメッセージを開くと、そこには先程の戦いでの無様なガンマの写真。

 そして、ネットの掲示板サイトに投稿したという文面がえられていた。


「うっぷっ……!?」


 不意にのどの奥から熱いものが込み上げてくる。

 こららえようとわずかに我慢したものの耐えきれず、排水溝へとぶちけてしまった。


 恐ろしいほどの苦味が口を刺激し、灼熱しゃくねつの酸が喉を焼く。


 腹の底に溜まった熱と、なまりのように重い胃が更なる苦しみを産む。

 目の奥からは自然と熱を帯びた涙がこぼれていた。


(俺が、俺が何をしたって言うんだよ……!)


 心の中で世界への憎しみを吐き出す。


 言葉に出来なかったのは嘔吐おうとによって喉が潰れたからではない。

 ただ単純に、気持ちを外に出すことが出来なかったからだ。


 苦しい。

 辛い。

 きつい。


 次から次へと負の思いが圧し掛かってくる。

 耐えきれなくなって逃げたはずなのに、もう一歩も動けなくなってしまっていた。


 地面にうずくまっていても周囲から声を掛けられることはない。


 元々人通りが少ない道である。

 しかし、それでもぽつぽつと通りすがる人間が居るのにも関わらず優しさを向けられないのは、現代人のさがとしか言いようがない。


(もう、何とでもなれ)


 段々と視界が狭まり気持ちが切れていく。


 あきらめの境地に辿り着く直前、ガンマの脳に電流が流れた。


「!? ガンマ様!」


 透明な声色の少女が駆け寄ってきた。

 それも走ってきたのか息を切らして。


「大丈夫ですか! 体調がすぐれないんですか! お水飲めますか!」


 矢継ぎ早に優しさを投げかけてきてくれる。

 本当に心配してくれているのが一瞬で伝わったものの、それよりも情けない自分を見られることの方が嫌だった。


「いい、よ。大丈夫だか、ら」

「そんなこと言って顔色悪いですよ! 肩を貸しますからせめて座れるところまで――」

「いいって言ってんだろ!!」

「――っ!?」


 静寂せいじゃくな道にガンマのかすれた叫びが鳴り響く。

 これには流石のフィーもひるんでしまっていた。


「放って、おいてくれよ。構わないで、いいから」


 叫んだことによってより喉が傷んでしまったらしい。

 次に口を開いた際には更に声がれていた。


「放っとけませんよ! 今のガンマ様、目が死んでますもん! 出会った時と同じ目をしてます」


 鬱陶うっとうしい。

 普段であれば嬉しく感じる気遣いが妙に気にさわった。


「こんな状態の人を見過ごすことなんて出来ませんよ」


(うるさい)


「少し休みましょう。嫌な人に触れて心が疲れちゃったんですよ」


(黙っててくれ)


「あんな酷い人のことはさっさと忘れて次に――」

「お前に何が分かんだよっ!!!!」

「くっ!?」


 頭の中で何かが弾けたと思うや否や、ガンマは怒声をぶち撒けていた。


「そんな簡単じゃないんだよ、人との繋がりを断つって!」


(止めろ。そこで止まれ)


「いいよなお前はまだ学生なんだから好きなように出来てっ! 義務も責任も無関係で!」


(言うんじゃない! 戻れなくなる)


「お前の助言を聞いて突き進んだ結果がこれなんだよ! 前より酷いことになった! こんなことならっ!」


(馬鹿! やめろ! 止まれ!)


「あの時お前を無視して帰れば良かった! お前と出会うんじゃなかった!」


 肩で息をしながらふと顔を上げる。

 ぼんやりとした視界の中には、何とも言えない顔をした少女がこちらを見ていた。


 怒るわけでも、泣くわけでもない不思議な表情。

 無理して表すのならば、必死に気持ちを押し殺しているような渋い顔つきをしていた。


(やっちまった……)


 我に返った時にはもう遅い。

 放ってしまった言葉という刃が戻ってくることは無いのだ。


「ぁ、ご」


「ごめん」と、言い掛けたところで喉の痛みがそれをさえぎった。


「ごめんなさい、ガンマ様。アタシも疲れちゃったみたいなので、今日は帰りますね。お水、置いていきます」

「ぇ、あ、ふ――」

「あ、そうだ。シグマさんとシータさんには、アタシの方から一報入れておきますよ。お二人ともガンマ様のこと心配されてたので」

「ふぃ……」

「それではお休みなさい。今日はゆっくりと休んでください。さようなら!」

「まっ」


 勢いよく駆けだすフィーを呼び止めようと咄嗟とっさに手を伸ばす。

 だが、ガンマの手は彼女が居た場所をただただ虚しく通り過ぎた。


 彼女の背中は徐々に小さくなり、あっという間に見えなくなった。


「ははっ」


 思わず笑いが零れる。

 自分が犯してしまったことの大きさに、感情を抑えることが出来なかった。


 余りにも馬鹿過ぎる。


「もうどうでもいいや」


 ぼそりと呟きガードレールの壁に寄りかかる。

 ぼんやりとした世界の中、付近を通る電車の音がやたらと大きく聞こえた。


 何もかもを恨みたくなるほど、不愉快な音だった。


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