第39話・敗北

「ガンマ様ぁ! ガンマ様ぁ!!」


 フィーの声だけがやたらと鮮明に響いた。

 ただただ殴られ、蹴られ、踏まれるだけの行為の連続。


 最早これはダンストなどではなく、ただのリンチ。


 痛みが無いのがせめてもの救いだった。

 ただ、相手の気が済むまでボコボコにされれば良いのだから。


 一方的な相手の攻撃に耐え抜くだけ。


(あれ……これって)


 唐突とうとつに思考が何かを思いつく。


 ダメだ。

 思ってはいけない。

 考えるな。


 しかし、頭では分かっていても、思考とは切り離された感情が独り歩きしていく。

 そんなことを考えついても自分の為にならない、と分かっていたとしても、だ。


(会社でやられていることと一緒か?)


 思ってしまった。


 考えついてしまった。


 見た目のダメージこそ無く、ひたすらに心がすり減っていく現実は。

 彼が逃げ出した世界そのものだった。


 1つ違うのはギャラリーの存在。

 辛い現実から幸福な世界に連れ出してくれたフィーが居ることだ。


 今、彼女の顔は、見るも無残なこととなっている。

 自分のせいと言わんばかりに泣き出しながら、悲痛な声を上げている。


 フィーが悪いわけでは無いのに。


「ふぅー、けっこう気が晴れるもんだな」


 散々いたぶられた体に唾がへばりつく。

 最早ガンマには顔すら上げる勇気が無かった。


「何のためにっ!」


 稲妻にも似た少女のかすれ声が鳴る。


「あぁ?」

「何のためにこんなっ! ガンマ様に恨みでもあるんですかっ!!」

「んなもんねぇよ」


 フィーの必死の訴えに中野が返す。


「理由なんて、ってだけだ」

「は?」


 少女が気の抜けた声を上げる。


「初めて見た時から合わねー、って思った。表情も喋り方も働き方も、息の吸い方も何もかんもが不愉快ふゆかいだった!」

「はぁ! そんなことで」

「そんなこと? 重要だろうが。何せ俺は上司でこいつは部下。嫌でも毎日顔を合わすんだ。毎日毎日嫌な人間を視界に入れないといけない俺の気持ちになってみろってんだ!」


 途端とたん、フィーが口を閉ざす。


 こいつとは話が通じない。考えが理解出来ない。


 恐らく似たようなことを思っているのだろう。


「もうリタイアしましょう、ガンマ様! 時間の無駄ですよ!」

「リタイア? やってみろ。その時はお前が持ってるもの全てを壊しに行ってやるからさ」

「っ!? 無視してください! ただのおどしです!」

「あぁ、うぜぇ。お前もう良いや」


 言い放つなり、中野は赤髪の少女の首をつかむと、乱暴に地面に叩き付けた。


「ガンマ様、逃げてください……」


 直後、彼女の背に剣が振り下ろされる。


「フィぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!」


 消えた。

 唯一の仲間のフィーも世界から隔離された。


「さて、と。これでとうとう独りになったなー、ガンマ様」


 ねっとりとした声色で中野が放つ。

 ゆっくりと迫ってくる上司の姿に、ガンマはただただ体を震わせていた。


「今どんな気持ちだ?」


 答えない。

 いや、答えられない。


「心が折れたか。良いぜ、お前にはくさった顔がお似合いだ」


 中野がトドメとばかりにガンマの顔面を蹴り上げようと右足を浮かせる。


「じゃあなガンマ様。二度と調子に乗るんじゃねーぞ」


 死神のかまが振り下ろされ、ガンマのHPは消失した。


 チームキャラクターが悪魔に敗北した瞬間だった。

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