第38話・公開処刑

「こんなつまんねーダンジョン1つ攻略するのにどれだけ時間が掛かってんだー、おい」


 気色の悪い声色が脳を刺激する。

 だが、それ以上に衝撃的なことが眼前に広がっており、中傷などまるで気にならなかった。


「シグマさん! シータさん!」


 ガンマの仲間の2人が中野の足元で倒れていたのだ。


「お前っ!!」


 ガンマの叫びに中野が笑みをゆがまませる。


「おいおい上司に向かってお前呼びはないだろー?」


 言って相手はシグマの腹を思い切り蹴り飛ばした。


「っ!?」

「おっと死にそうだな。んじゃ、回復してやるよ」

「くふっ」


 回復アイテムであるヒールポーションをこぼすようにシグマにかけた。


「さて、と」

「がっ!?」


 そして、回復した体力を再び削り取るため。

 悪魔は彼女の足に剣を突き立てた。


「シグマさん!」

「おいおい騒ぐなよ。別に痛くはねぇだろ?」

「だけどこんな!」

「お遊びじゃねーか。好きにやらせろよ」


 中野が、この悪魔がやっていることは尊厳の破壊だ。

 体に痛みはなくとも、心は傷付くのだ。

 こんなことがまかり通ってしまえば、ダンストそのものをやめてしまう可能性もある。


 だからこそ。

 不安や不快感をかなぐり捨てたガンマが一目散に悪魔に向かったのは当然と言えば当然だった。


「おっそ」

「ぐっふっ!?」


(な、に?)


 突然襲い掛かる衝撃。


 られた。

 それも認知出来ない速度で。


 いとも簡単に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 現実の肉体へはダメージこそないが、何でもない攻撃による精神的ショックは想像以上だった。


「ガンマさんっ! くっふっ!」

「うるさいんだよ、雌豚めすぶた共が。黙ってろよ」


 今度はシータの首に剣を突き立てた中野。

 まるででも潰すように放たれた一撃は、減少していたシータのHPを削り取るには充分だったらしい。


 約1秒後、彼女はダンジョンから消滅した。


「シータさん!!」


 叫びはもう彼女には届かない。

 何せシータは既に居ないのだから。


「あっけねぇな。ま、こいつらは前座だしいいや」


 シータが消滅したところで床に落ちかけていた武器を中野は拾うと、つまらなさそうに横に振るった。


「クッソ。ガンマ、ごめん」

「シグマさん!!」


 今度は金髪幼女が消える番だった。

 中野が振るった剣は、彼女の首を切り落としたのだ。


 これで2人の仲間を失った。

 チームキャラクターの勝利が絶望的となったのは、火を見るよりも明らかだった。


「おいおい何辛気臭しんきくさい面してやがんだぁ? まだ終わりじゃねぇぞ」

「へ?」


 男が指で景気の良い音を鳴らすと、ボス部屋へと続く通路からぞろぞろと人が出てきた。


 女子が4人。

 うち3人は相手チームのメンバー。

 そして、もう1人は。


「フィー!」

「ガンマ様申し訳ありません。捕まっちゃいました」


 暗い表情で赤髪の少女が謝る。

 彼女は両腕後ろ手に掴まれており、女3人に取り囲まれていた。

 あれでは斥候レンジャー敏捷性びんしょうせいがいくら高くても逃げ出せない。


「お待ちかねのショータイムだ」


 急に告げるなり、中野はフィーの髪を掴み持ち上げた。


「わりーなじょうちゃん。君には関係無いんだがまあ許してくれよな」

「何をする気でしょうか」

「こういうことだ、よ!」


 思い切り彼女の顔を殴る中野。

 まったく手加減の無い行動に、一瞬でガンマの頭に血が上る。


「中野お前ええええっっ!!」

「うるせーな。現実じゃないんだ、別に痛くもかゆくもねぇだろこんなの」

「……そうですよ、ガンマ様。こんなこと大したことありません」

「へぇ、嬢ちゃんの方が肝がわってんな。俺好みだぜ」


 中野がぺろりと唇をめる動作をする。

 その時、何故か相手チームの女性陣が露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。


「ねぇ、早くやっちゃいましょうよ」

「そうだよ。もう良いじゃん、こんな奴殺しちゃって」

「うるせぇな。俺に指図すんじゃねぇよ」


 が、悪魔による、背筋が凍りつくほどのにらみによって、チームメンバーの不満など一蹴させた。


「俺は俺のやりたいようにやる。邪魔すんなてめーら」

「は、はい。すみません」

「良い子だ」


 僅かに温かい言葉を紡ぐなり、敵がこちらに迫ってくる。

 そして、地面にひれ伏しているガンマの顔面に向かって足を振り下ろした。


「がっ、ぐはっ!」

「良いね良いねー。ダンストはこんな気持ち良いことが平然と出来ちまうんだから、最高だぜ」


 執拗しつような連打。

 それも一撃一撃が重く、数度蹴られただけでガンマのHPは0に近かった。


「ガンマ様!!」

「落ち着けって。すぐ回復させてやるからよ」

「つぅ」


 回復薬を雑に振りかけられる。

 しかしながら、決して助けてくれたわけでは無い。

 ひとえにガンマをいたぶるだけの行為に過ぎない。


「何でっ! このような何の意味も無いことをするんですか! こんなのダンストじゃあ無い!」

「いいやダンストさ、これも。それとも何だ。フェアプレイにてっすることがダンストの全てでも言うのかぁ?」

「そこまでは言いません! ですが、こんな行為に必要性は感じません!」

「そうかな」


 フィーとの会話を交えながらも、蹴り、殴り、回復を繰り返す。

 リタイアすることも考えたが、リアルに戻った中野に何をされるかそれこそ分からない以上、下手な行動は取れなかった。


「調子に乗っている奴を叩き潰すにはちょうどいい手段だよ」

「ゴミにも等しい最低な行為に、アタシ達の心が折れることはありません!」

「いいや違うな」

「ぐぅ」


 中野がガンマの首根っこを掴んで持ち上げる。


「ダンストしか、いやバグ技しか能の無い奴が無様に負ける。その事実にこんなカスが耐えられると思うか?」

「!? 何を言って」

「お前らがダンストパーティで使ってたバグ技な? まだ使えるんだよ」


(は?)


「そんなわけ?」

「無いなんて言うなよ。事実お前らだって俺達の力に覚えがあるだろ?」


 まだ分からない。

 何せガンマはまだ力しか味わっていない。


 だが、正面で捕まっている少女の顔は曇っていた。


通信者コミュニケーターは大した補正は無いが、ガードの高い防御力にスパイの敏捷力。そして――」


 目まぐるしい早さで動き回る中野。

 そして一度立ち止まると、何をトチ狂ったか仲間の腹に回し蹴りをぶちかました。


拳闘士グラップラーの力だ」


 仲間の女の子は吹き飛ばされたものの、すぐに起き上がっていた。

 不満はあらわにしているものの、あまり影響はなさそうだった。


「酷いなぁ。急に蹴るなんて」

「ガードの補正あるんだから余裕だろ」

「そうですけどー」

「怒るな怒るな。あとで可愛がってやるからよ」


 蹴られた人間はスパイの姿をしている。

 スパイの防御力は全ジョブの中でも最低。

 攻撃力最強の拳闘士グラップラーの攻撃を受けきったということは、悪魔が言っていることは事実に違いなかった。


「なあガンマ様よー?」


 屈んだ中野が顔を近付けてくる。

 まるでヘビのような目をしていた。


「お前さあ、調子に乗り過ぎたんだよ」


 クズは告げるなり、ガンマの顔面につま先をめり込ませた。

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