第37話・敗北へのカウントダウン②

「遅いわね。何やってるのかしら」


 生成されたダンジョンの前でシグマが腕を組みながら言った。

 こちらのチームは既に準備が済んでおり、あとは対戦相手の登場を待つだけとなっていた。


「あっちから誘っておいて遅れるって、どういう神経してんのよ」


 どんどんとシグマが不機嫌になっていく。

 準備が終わってからまだ10分程度しか経っていないのに、だ。


 だが、彼女の気持ちも理解出来る。


 ダンジョン生成が終わっているということは、相手もまた面子がそろっているということだ。

 スタートしないのは相手が意図的に止めているに違いない。


「うーん、急な腹痛ポンポンペインですかね」


 前かがみになり、両手でお腹を押さえる仕草を取りながら赤髪が言う。


「無いわ。トイレなら1度ルームから出ないといけないから、ダンジョンも崩壊するはず。そうじゃないってことはルームには居るのよ」

「では作戦会議でしょうか?」

「そうかもね。今時ジムまで指定してくるほどの連中だもの」

「なるほど。これは気合を入れて挑まなければなりませんね」


 今度はシータが両拳りょうこぶしを固めたポーズを見せつけてきた。


 同じジムで勝負をするメリットは無くはない。

 オンラインでの対戦はジム同士の物理的距離にってラグが発生する可能性がある。一瞬の遅れが命取りとなるダンストでは、非常にけたい現象だ。


 しかし、そのような懸念けねんがあったのもダンストがリリースされた初期まで。

 通信技術の発展によって、地球の裏側での対戦でも大した遅延は起こらないようになっていた。


(何かありそうで怖いな)


 女性陣3人の会話を聞きながらガンマは思考をめぐらせる。


 あの最低最悪の上司のことだ。

 ガンマを潰すためなら卑怯ひきょうな手段も辞さない構えだろう。


 事前に見た動画。

 『ダンストにおけるズルい勝ち方10選』を頭の中で反芻はんすうした。


「あ、始まるみたいですよ」


 ようやく正面にカウントが表示される。


「ったく。待たせてくれたお礼、たっぷりしてあげるわ」


 ルールはダンストパーティと一緒。

 先に迷宮を攻略するか、相手のパーティを全滅させた方が勝ちである。

 チームキャラクターが選択したジョブも前回と全く同じである。


(うじうじ考え込んでも仕方ないか)


「行こうみんな!」

「はい!」「うん!」「行きましょう!」


 それぞれが威勢の良い声を上げるなり、ガンマ達はシステムよって散り散りとなった。


「っと」


 ガンマが転送されたのは何の変哲へんてつもない部屋。

 反射的に辺りを見渡したが、宝箱どころか敵モンスターもいなかった。


 今回のダンジョンのテーマはベーシック。

 これといったギミックも特になく、モンスターも人間が多い初心者向けステージである。


 石畳いしだたみの上を駆けながらやるべきことを頭の中で並べていく。


 アイテムの調達。

 仲間との合流。

 マップの調査。


 特徴の無いダンジョンほど腕の差が出やすい。と、来れば、


「適度に進みつつ、味方との合流だな」


 執事バトラーは味方が居なければ能力が活かせない。

 出来ればフィーあたりに見付けてもらいたいところだった。


 考えをまとめながら最初の十字路を右に曲がった時である。


「っぅ!?」「わっ!?」


 向こう側から飛び出してきた女性とエンカウントとした。


 頭の上に赤いアイコンが浮かんでいることから、敵チームのプレイヤーであることは明白だ。


(戦う? いや、メリットがないか)


 ゲームが開始されて間もない最序盤。

 武装が無い状況では、やれることといったらジョブによる補正頼みの殴り合いだけ。

 勝っても負けても時間を多量に浪費するだろう。


(スルーしよう)


 敵に遭遇してから約1秒で判断を下したガンマは右足を一歩強く踏み出す。

 途端、


「っ――――――――!」


 女の子はきびすを返し、怒涛どとうの勢いで逃げていった。

 あまりの行動の早さには眼を見張るものがあった。


「判断が早い」


 ぽつりと呟いて彼女とは逆方向に進む。

 彼女を追い掛けても特にメリットは無い。


 気を取り直して攻略を続ける。


 途中、このダンジョンの雑魚敵である盗賊をり倒してナイフを入手。

 宝箱からは回復アイテムをいくつか入手した。


 スタート時点よりかは良くなったものの、まだまだ貧弱な状態であることには変わりない。


 不安な気持ちを抱えながら階段を登っていく。

 そして、少しばかり狭めの部屋へと出た。


「回復ポイントか」


 中央には湧き水が出る噴水ふんすいがある。

 飲めばHP回復の効果があるが、満タンのガンマには関係がない。


「あっ!」


 突然後方から声がした。

 急いで振り返るとガンマが通ってきた通路に2人の女の子。

 先ほどとは違う子のようだが、彼女達もまた敵である。


(まずいっ!)


 大した装備が揃ってない状況で数的優位を取られている。


(いや、やれるか?)


 こっちには回復出来る泉が背後にある。

 上手く連携を取られ身動きが取れない状況さえ作られなければ、回復と攻撃の繰り返しで何とかなる。


(相手は耐久力に優れるガード。それにあれはスパイかな。ちょっと厳しいけど耐えるだけならどうにかなるな)


 武器を前に押し出し戦う覚悟を決める。

 が、


「は?」


 こちらを見るなり一目散に逃げていった。

 明らかに有利なのにも関わらず、だ。


「何だ何だ? やる気あるのか?」


 狙いが読めない相手チームの動きにやきもきしてしまう。

 セオリーから丸っきり外れているわけでは無いが、沿っているわけでもない。不気味だ。


「さっきとは違う子だったな」


 相手とは反対方向の通路へと走りながらつぶやく。


「もしかしたら極力戦闘を避ける作戦か?」


 考えは分かるが、あまりに消極的過ぎる。

 何か意図がありそうな気がしてならなかった。


「まあ、考え過ぎても仕方ないな」


 思考をバッサリと切り捨て、仲間との合流に集中する。

 しかし、影すら見付けられない。


「おっ! ラッキー!」


 心底困っていたところに、倒した雑魚からダンジョンの地図を入手する。

 これ1つでゴールまでの道筋が分かる、希少なドロップアイテムである。


「これでゴールまでいけるな」


 口元に笑みを作り、出口に向けて走り出す。

 味方に会えないでいるのは運が悪い。だが、クリアまでのことを考えると総じてプラスだ。


 階段2つと小さな部屋を3つほど抜けたところで、ボス前最後の部屋に辿り着く。

 そうして何も気にせず部屋に侵入した時だった。


「随分と遅い到着だったなぁ、ガンマ様」


 鳥肌が沸き立つほどのねっとりとした声が響いてきた。

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