第45話・ベストコミュニケーション

「ご迷惑をお掛けしました!」

「殴られたのに、何で幸せそうなのよアンタ」


 病院からジムに戻って来ての第一声。

 高らかに謝罪するフィーに対して、気怠けだるそうに応えるシグマは見事に対照的だった。


「そんなことないですよぉ」

「にやけ顔で言っても説得力は無いわよ」

「そんなことよりお怪我は大丈夫ですか? 随分とれているようでしたが」

「こんなのへっちゃらです! それに病院でもて貰いましたし」


 ボディビルで見かける、上腕二頭筋を見せつけるポーズを取る赤髪。

 元気なことは間違いないようだ。


「そうですか……。ご無事で本当に良かったです」


 シータは安堵あんどするように胸をで下ろしていた。

 ガンマの連絡で知ってはいても、いざ本人の口から聞いたことで、より安心出来たのだろう。


「体が大丈夫と分かったら、今度は何があったのか気になるわね」

「私も是非聞きたいです! 胸キュンポイントはありましたか!」

「そっち!? アンタやっぱりズレてるわよ!」

「まあまあ細かいことなんていいじゃあないですか。どちらもお話しますから」


 元気良く答えていく彼女の頭の中には捕まっていたことなど、とうの昔に吹き飛んでしまったのだろう。

 で、なければここまで明るく振舞ふるまえない。


「えぇ!? それでそれで」


 話に花を咲かせる女性陣。

 ガンマだけがけ者である。


 だが、今の彼にとっては些細ささいなことだ。

 何故なら現在進行形で休憩室のすみで独り頭を抱えているのだから。


(やっちまったなぁ)


 全力で頑張ったにも関わらず、病院に到着したあたりから後悔の念が強く生まれていた。

 フィーが嬉しそうにすればするだけ胸がキュッとし、ハンマーで殴られたような衝撃しょうげきが走ってくる。


 当然これは恋などではない。


(はずだ……!)


 と、ガンマは思っている。


 何せ相手は猪突猛進ちょとつもうしんネットストーカーの女子高生である。どう考えても駄目な点しかない。


 彼女への想いは一時の気の迷い。

 今この感情はきっと心の疲れ。


 幾度いくどとなく言い聞かせても心は異なる反応を返してくる。


 頭の中で何度も何度もおろかな自分をいましめる。

 だが、どれだけ責めたところで過去に戻れるはずは無い。


 彼女のことは大切だと思っている。

 その気持ちは今でも変わらない。


 だが、いくらなんでも進展するのが早過ぎないだろうか。


「まさかこんな日が訪れるなんて思ってもみませんでした。こんな気分を味わえるなら殴られるのも悪くはありませんね」


(過去の自分を殴りたい。何故俺はあそこで抱きついたりしたんだ)


「あ~、幸福過ぎて倒れてしまいそうです」


(そのまま脳検査も受けさせれば良かった)


「生まれてきて良かった」


(死にてぇ)


 次から次へと負の念があふれ出てくる。

 助けに行ったことを後悔していないが、状況に酔ってしまったのは最大のミスだとガンマは思った。


「アンタが嬉しいのは理解出来たけど、アイツは何でへこんでるわけ?」

「幸せをめているのではないでしょうか?」

「シグマには拘置所こうちじょで反省している罪人のように見えるのだけど?」


 正解。


「もうそろそろ浮かれる時間は一旦終わりにして、何があったか聞かせてくれない?」

「えぇぇ? もっとひたってたいですよぉ」

「これ以上アンタの戯言ざれごとを聞いていたら脳がお花畑になっちゃうわ。ほらガンマも現実逃避してないでこっちに来なさいな」

「はい……」

「まるで死刑囚しけいしゅうみたいになってますね……」


 泣きそうな気持ち必死に堪えながら女子達が集まるテーブルへと歩く。

 推しが近付いてきたことで、フィーの機嫌が一層良くなった。


「ガンマ様。さあアタシと一緒に回想の世界へと旅立ちましょう!」

「頼むから俺の前から消えてくれ」

「さっきと言ってること違いません!?」

「本当に何があったんですか……?」

「あぁ、もう早く話しなさいな!」


 シグマが憤慨ふんがいしたことで、ようやくフィーが中野達に捕まった時のことを話し始めた。


 内容としては10分もなかったが、情報としては非常に有益なものだった。

 彼女が受けた仕打ちには全員言葉を失ったが。


「いやぁ、相手の包囲網ほういもうがぬるくて助かりました。まさかダンストの経験がこんなところで活きるなんて」


 笑いながら馬鹿がべる。

 集団リンチ一歩手前だったのだから全然笑える話ではない。


「フィー」


 心に巣食い始めた気持ちを押し潰し、あっさりとした口調で名前を呼ぶ。


「何でしょうガンマ様!」


 彼女の方はというと実に明るい。


「次に危ないところに1人で突っ走ったら出禁な」

「うぇぇええいっ!?」


 この世の終わりのような悲鳴が上がる。


「フォローしてあげたいのですが、今回ばかりは仕方無いかと」

「この程度で済んだのが幸運だもの。反省しなさい」

「はぁい」


 渋々返事をするフィー。


「でも……ま、ありがとう」

「へ? うぇ?」


 よく聞こえなかったという反応をされるが、敢えて二度は言わない。

 調子に乗せてしまうからだ。


「あ、アタシ今、ガンマ様に感謝されましたか!?」

「はい。もちろん私達もしっかり聞いていましたよ」

「わぁぁぁぁだらあっ!」


(これが人間の声か?)


「ぐれいじるぅぅ!」


 と、更に謎の言葉を残して少女は机に突っ伏した。またもや脳がオーバーヒートしてしまったようだ。


「やっと静かになったか。ようやく本題に入れそうね」


 最早誰もフィーの心配をする人間はいない。

 彼女の奇行・奇声には耐性が出来つつあるのだろう。


「奴等の力の秘密は簡単」


 シグマが神妙な口調で回答を並び立てようとする。

 が、


「十中八九チートツールでしょうね」


 空気を読まなかった巨乳にさらわれてしまっていた。


「ちょっとシグマの台詞取るんじゃないわよ!」

「そこまでめるようなことでもないと思いまして」

「良い性格してるわアンタ」

「ありがとうございます」

めてないから!」


 機嫌を損ねた金髪幼女は不貞腐れたように髪に指を巻き付け始める。


「ま、でも、ツールなんて言葉が出てこれば、ちょっとでもダンストをかじったことのある人間なら誰でも思いつくか」

「そりゃまあ。一時は随分と話題になりましたし」


 チートツールは不正に事象を改変するもののことである。

 ダンストで言えば、モンスターに与える攻撃力を上げたり、逆に相手からの攻撃を無かったことに出来てしまう最低最悪なツールのことを指す。


 バグ技やグリッチがプログラムの穴を突く行為に対し、チートは意図してバグを起こすものであるため、当然チートツールの利用は許可されていない。


 つまり、中野達一行が行っていたことは不正ということだ。


「道理で今時オフライン対戦を望むわけだわ」

「オフラインならチートを検出される可能性も下がりますからね」

「それに評判の低いジムなら迷惑が掛かっても逃れられる。もしくは最初からつるんでるか。ガンマ1人にようやるわ」

「アタシもですよ!」


 倒れていたフィーが起き上がる。

 再起動が完了したようだ。


「あの女達はアタシゆかりの奴らです!」

「へぇ、んじゃ見事に狙い撃ちにされたって訳ね。してやられたか」

「それもズルい手段で」


 シータがきっぱりと言い切る。

 彼女の瞳は何時になく熱を帯びていた。


「先日の負けでチームキャラクターの株も下がっちゃったし、負けたままじゃいるのも尺よね?」

「はい! ギッタンギッタンにして、今度こそ公道を歩けないようにしたいです!」

「フィーさんは彼女等に何をしたんですか……」

「ちょっと言いにくいことです!」

「聞かなかったことにします。しかし、ダンストのお仕事にたずさわる者として、ダンストの評価を下げる行いは見過ごせません!」

「俺は――」


 悪魔に勝ちたい?


 違う。


 意識するのはそこではない。


「俺は俺の、俺達のバグ技努力を踏みにじるアイツを許せない! 落とし前をつけさせる!」


 ガンマの発言に全員が笑みを作る。

 そして、最後にシグマが想いを紡いだ。


「全員同じ気持ちというわけね。じゃあ」


 シグマが大きく息を吸い込む。


「馬鹿共をコテンパンにするための案を考えるわよ!!」

「「「おー!!!!」」」


 統一された意識の塊が休憩室に響き渡る。

 もうくもった目は何処にも無かった。

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