第33話・シータ
ガンマがシータが独りで練習する姿を見かけたのは偶然だった。
忘れ物を取りに戻った休憩室。
そこにはプレイルームの様子が確認出来るモニターがある。
本来の用途は、次の予約客への交代をスムーズに行うために設置されているものだ。
「シータさん。ソロでもかなり練習してたんだ」
やっていることは基本的なテクニックの練習。
今は敵モンスターとの距離感の維持を反復しているようだった。
目を見張るべきところは動きの滑らかさ。
明らかに練習を積み上げてきた動作をしていた。
「それに俺が来る前からやってたのか」
今は平日の朝9時。
大学生で時間に余裕があるとはいえ、ジムという場所でこんなにも早くに練習をする学生は中々いないだろう。
だが、何か引っ掛かる。
とてもスムーズな動きをしているのにも関わらず素直に喜べないしこりがあった。
「あ、ちょうど
ダンジョン形成が解除されたのを見て携帯端末を取り出した。
「『お疲れ様です。今休憩室にいるんですが、よければ一緒に練習しませんか?』、と」
ガンマがメッセージを送ると、返信がすぐさま帰ってきた。
『はい、お願いします』
とても
しかしながら、これもシータらしさであろう。
ガンマは荷物を手に取ると、休憩室を抜けシータがいるプレイルームへと向かった。
「おはようございます。早いですね」
「おはようございます。すっかり日課になってしまいました」
「そうですか――って、毎日朝練してたんですか!?」
「は、はい。講義が無い日と予約が少ない日だけですが」
タオルで汗を拭きながら、シータは控えめに言った。
「何時から始められたんです?」
「チームを結成した次の日からだったかと」
(すげー。何だこの人、向上心の
彼女の言う通りであれば、毎日ではないにしろ朝練に加えてチーム練習まで行っていたことになる。
(通りで上達が早いわけだ)
納得して、荷物を部屋の
ガンマの中にはシータに負けてられないという意識が
「どんな練習をします?」
「それではボスモンスターに
「了解です」
彼女はコンソールを開くと、淡々と設定を入力していった。
そして打ち終わったところで世界が一変する。
お互いに装備は
そして相手は巨大
プレイヤーをがんじがらめにする糸と、時折乱入してくる小蜘蛛が厄介なモンスターである。
必要なのは視野を広く持つこと。
敵の行動の1つ1つは大したことが無いため、柔軟な立ち回りが必要になる敵だ。
「来ます!」
シータの掛け声に呼応したかのように、ボスが突っ込んでくる。
が、既にガンマも動いている。
彼は突進してくる蜘蛛の隙間をスライディングで抜けると、蜘蛛を
「常に対角線を意識して動いてください! そうすれば上手く攻撃が分散されます」
「はい!」
単独での撃破が難しいボスでも、2人であれば途端に難易度が下がる。
巨大蜘蛛もテンプレに漏れない敵である。
「子蜘蛛が来ます! 備えてください!」
「はい!」
シータの指示に従い、ボスの腹から産まれた蜘蛛達に向かって的確に剣を振るっていく。
数匹相方の方に向かっていったものの、彼女は冷静に倒していた。
しかし、子蜘蛛への注意が強過ぎたようで。
「シータさん! 上」
「え、っ!?」
ボスへの意識が薄れていたシータの体に糸が絡みつく。
手足を拘束された彼女は成すすべなく地面に転がった。
「くっ、こっの!」
必死にもがく彼女だったが、抵抗したところで糸は切れない。
巨大蜘蛛の糸はダンジョンの道中に落ちている松明などで燃やすか、一定時間待つしか解除方法が無いのである。
今回は装備以外のアイテムを持ち合わせていない。
つまり、どうなるか。
「うぐっ!? つぅ!」
ターゲットを自分に向けようとしたガンマの
彼女がやられてしまったことで、ガンマはリセットを掛け中断した。
視界の先にはコンティニュー画面。そして、シータが悔しそうに顔を歪ませるのが見えた。
「こんなにあっさりやられてしまうなんて、シータさんらしくないですね」
「ごめんなさい……」
「いや、別に怒ってるとかではなく。何か集中出来ていないな、と思いまして」
「……もう1回お願いしても宜しいですか?」
「それは構いませんが」
ガンマの答えを聞くなり、彼女は『OK』を選択し再び蜘蛛との戦いの場に
だが、何度やってもクリア出来ない。
惜しいところまでいったとしても彼女がやられて終わった。
「今日はこれで終わりにしましょう」
「……はい、ありがとうございました」
しかしながら彼女は動かない。
リタイア画面の前で静止したまま何の行動も起こさなかった。
「シータさん。間違ってたらすみません。もしかしてこの間のこと引きずってますか?」
「…………」
どうやら正解らしい。
フィーはともかくシグマでさえも
「あれからどれだけ練習しても面白くないんです。自主練習をしていても心が
「だから練習にも身が入ってなかったんですね」
「そう見えましたか」
「はい。残念ながら」
シータの表情が更に
(別にシータさんが凹むことないのになぁ)
「私はあの時、練習方針に口を出すべきではありませんでした。まだまだ未熟な私がフィーさんやシグマさんに意見するのはおこがましかったんです。だから喧嘩になってしまって」
「いや、シータさんは間違ってませんよ。俺だって中途半端なこと言ってましたし」
「ですが、私は初心者で!」
シータが珍しく大声を張り上げる。
「足を引っ張ってばかりで。全然お役に立ててないのにあんなこと」
(あー、なるほど)
シータは自分の
その責任感が必要のない気持ちを抱いてしまっている。
「初心者だからって、チームのやり方に口出ししては駄目なんて間違ってますよ」
「ガンマさん」
「むしろ俺は、初心者だからこそ言って欲しいですよ。今回はちょっと変な方向にヒートアップし過ぎだだけで、誰も悪くないと思いますよ」
「そうでしょうか」
「はい、きっとそうです。フィーやシグマさんだってそう思ってるはずです」
(実際そうだったし)
「またみんなで集まって話し合いましょう。前回のことを、これからのことを」
彼女に向けて柔らかな笑みを向ける。
シータの表情はほんの少しマシになっていた。
「……はい、そうですね。次に会った時、まずは謝ろうと思います」
「はい。じゃ、続きやりましょうか!」
「はい! 倒せるまでお付き合いお願いします!」
シータの綺麗で元気な声が部屋に響き渡った。
彼女の目線はすっかり前を向いていた。
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