第31話・優しいバグ
チームキャラクターの喧嘩から次の日。
フィーは何時ものようにガンマの前に姿を現していた。
態度は至って普通。
今も平然とガンマと一緒にダンジョン探索をしている。
しかし、だ。
(まったく動きに
いや、普段が突っ込み過ぎるきらいがあるため、今日は非常にまともだ。
ガンマにとってはやりやすいのだが、どうにも違和感が付いて回る。
順調にダンジョンを攻略し、大きなダメージを負うことも無くボスを倒したというのに、喜びも達成感もここには無かった。
「やりましたね、ガンマ様」
こちらに向ける彼女の笑みもまた、ガンマには仮面のように思えて仕方ない。
正面に映る今の彼女には、ガンマが知る『フィー』という存在が感じ取れなかった。
「フィー」
「何です、ガンマ様? 次行きます?」
「いや、一旦ロビーに移動しよう」
「? そうですか」
コンソールを操作してダンジョンの待機画面から、ロビーへと移る。
二人きりという点という意味では特に変わりないのだが、ロビーは椅子に加えて柔らかなBGMが流れており話しやすかった。
「少し話そうか」
彼の後ろをついてきた少女に向かって言う。
彼女は先程までとは違って、すっかりとしょぼくれた顔をしていた。
「ほら座って」
「はい」
見た目ガラスのような材質の椅子に二人して座る。
だが、これもまたダンストのシステムが作り出したものだけあって、やたらとふかふかで座り心地が良かった。
「ここには飲み物とかないけど、休憩室だと誰かに聞かれる可能性があるからさ。悪いな」
「いえ、別に。大丈夫です」
本当にしおらしい。
まるでフィーの中身が別人に変わり果ててしまったかのように。
「どうした? つっても、原因は分かってるけど」
ガンマもまた当事者だ。
話の切り出し方のレパートリーが多いとは言えないガンマでも、もう少し配慮した言葉があっただろう。
「……アタシ、またやっちゃいました」
「また? あんなに激しくやりやったのは今回が初めてだろ?」
「違うんです。同じようなことを学校でもやってしまったことがあって」
今にも消えそうなか細い声が飛んでくる。
「アタシ、自分のやりたいことばっかりで。人の気持ちを察するとか良く分かんないんですよ」
「そうだろうな。俺もよく思うし」
「えぇ!? そこは『そうじゃない』って励ますところですよぉ!!」
「嘘言ってどうするんだよ。言って欲しいなら幾らでも言ってやるが」
「もう。ガンマ様は女心が分かってないです!」
「俺は男だからな」
「そういうことじゃないですっ!」
ぷっくらと
とても可愛らしい仕草であり、ほんの少し彼女らしさが戻っていた。
「少しは自分が戻ってきたか?」
「ぷぅ」
大きく膨らんだ彼女の両方を挟むと、小さな音を立てながら空気が漏れた。
「励ましてくれるならもうちょっとロマンチックな感じが良かったです」
「文句言うなよ。俺にはこれが精一杯だ」
励まされる方がそれを言うのかとも思ったが、口にしなかった。
「お前は賢いから解決法なんてとっくに分かってんだろ?」
「それはまあそうですけど」
彼女はそれを分かっている。
だが、
「ここでアタシが謝って解決したとしても、また同じ過ちを繰り返してしまうのではないかと思うと怖くて」
「それは分からんでもない」
「女心が分からないのに?」
「そういうところだぞ、お前」
「うぐっ」と、胸を抑える素振りをするフィー。
顔の
「まあまあお前はまだまだ若いし、
「そんなこと言われたってー」
勇気が持てない。
言わずともそう伝えたいのが、弱々しい瞳であっさりと分かった。
(変なところで子供なんだから。まったく)
暴走少女がシュンとしている光景も静かで良いが、妙に落ち着かない面もある。
やはりフィーは元気過ぎるくらいがちょうど良いというところだろう。
「それじゃあ俺が元気が
「まさかキスですかぁ!?」
「お前の中での俺のキスはバグ扱いなのかよ!! 違うわ!」
「あいたぁ!?」
急に我に返った赤髪の頭を叩く。
バーチャル空間でも反射的な反応をしてしまうのか、小さな悲鳴を上げていた。
「本当にお前は。とりま両手を上げてみ」
「こうですか?」
「ああ、良いぞ。そのまま5分間キープだ」
「結構きつそうですね」
「筋トレだと思って」
彼女が腕を上げたのを確認してカウントを始める。
そうして泣き言を聞きながら5分が経過した時、ガンマは優しく言葉を紡いだ。
「そしてその場でジャンプ!」
「ジャンプ!」
推しの声に従い、少女は思い切り跳躍。
そして、そのまま着地すると思いきや――、
「ふんぎゃ!?」
盛大にこけた。
漫画でバナナの皮を踏んだ際の表現に似た綺麗な弧を描いて、だ。
「あいたたた。何ですかこのバグー」
「絶対にこけられる技だよ。どうだった?」
「どうしたもこうしたもありませんよぉー。用途が1ミリも分かりません」
「そうか。それは悪かったな」
「ほらっ」と、彼女に手を差し伸べる。
フィーは
「少しは元気になったか?」
「はいっ、それはもう!」
右腕を引いて少女を起こす。
「お前の持ち味は
「分かりました! 推しの言葉は絶対ですから!」
すっかりと元に戻ったフィーに胸を
やはり彼女は大人しい姿よりも、少し
(あれ? もしかして毒されてきたか?)
スッキリとした表情を見せる少女とは反対に、ガンマの中にモヤモヤとした感情が残ってしまった。
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