第30話・大喧嘩

「だから実戦形式の方が成長が早いって言ってるでしょ!」

「いえ、今日は視野を意識して走る練習をやるべきです」

「それよりも新しいバグ技を見つけましょうよ」


 意見の対立。

 これはチームを組んでいれば幾らでも発生することである。


 今回ガンマは蚊帳かやの外。

 女性メンバーの間で何処に比重を置いた練習をするかでめていた。


 折角珍しく4人で集まることが出来たというのに、これではいつまで経っても始まらない。

 ガンマはロビーの壁に寄りかかりながらそっと肺から空気を出した。


「全員集まれる機会なんてそうないんだから、全員でしか出来ないことをすべきよ」


 実戦を望むのはシグマだ。

 これにはガンマも特段反対するには至らない。


「メンバーが集まったからこそ、連携を強くする練習が必要ではないでしょうか」


 基礎練習を提案するシータ。

 こちらもまた正しく、動き方を強化するのは重要だろう。


「アタシ達の強みはバグ技ですよ? 他の人と同じことをやっても埋もれちゃいますよ」


 珍しくまともなことをフィーが言う。

 突出した強さをバグ技に頼っている以上、彼女の言い分も最もだ。


「バグなんてそれこそソロの時に探しときなさいよ」

「4人プレイでしか見つけられないものも、きっとありますよ。シンクロバグだって多人数プレイ専用だったじゃあないですかー」

「バグは見つかるか分かりませんが、基礎技術はずっと残ります!」

「それこそ少人数でやりなさい! 別に全員居なくても出来るじゃない」

「実戦だって、目的無くただやるだけじゃあ意味無いですよー」


 誰も一歩も引かない。

 喧嘩けんかになり損ない言い争いをすることは今まであったが、ここまでバチバチにやり合うのは初めてのことだった。


 全員に信念があるからこそ発生する事態である。


「そこで静観キメてるガンマはどう思うわけ?」


(しまった。のんびりと構えてたらこっちに飛び火してきた)


「俺は、そうだなぁ」

「バグ技開発ですよねガンマ様!」

「基礎技術向上が課題ですよガンマさん!」

「ガンマは実戦が大事って分かってるわよね!」


 ガンマが言い終える前に3人が詰め寄ってくる。

 現実ではなく仮想空間の彼女達とは言え、中々の圧迫感だった。


「ぜ、全部やれば良いんじゃないかな? みんな間違ってないと思うし」


 まともなことを言ったつもりだった。

 が、残念ながらこの選択肢は誤りだったということに気付いた時には遅かった。


「はぁー!!」


 証拠に、金髪幼女に大きな溜息を吐かれた。


「アンタね。シグマはアンタと違って暇じゃないの。このために何時間も確保出来ない訳? 分かる!」

「人気が戻ったのはガンマ様が見つけたバグ技のおかげなのに……」

「ああんっ!?」


 小さく文句を放ったフィーにシグマが食って掛かった。


「何か言った? 文句があるならはっきり言いなさいよ!」

「少し波に乗れてるからって調子に乗りじゃあ無いですか?」

「はぁ!?」


 売り言葉に買い言葉。

 元々気性が粗めの傾向にあるシグマと、まだまだ精神が成熟していないフィーがヒートアップするには当然だった。


「そもそもアンタ達はシグマの誘いがなければ大会にも出られなかったじゃないの!!」

「シグマさんの活躍なんて大したこと無かったですよね? アタシ達がいなければそもそも勝てもしなかったですよ!」

「言ったわね! アンタだってロクに斥候レンジャーとして役目を果たせなかったじゃない!」

「何処ぞのロリっ子よりよっぽど働いてましたー」


 不味い。

 段々と互いの文句へと変わっている。

 早く止めなければ余計な禍根かこんを生んでしまうだろう。


「二人とも落ち着いて。一回冷静なりましょう」


 これ以上の発展を避けるために間に入ろうとする。


「アンタは黙ってなさいっ!!」


 だが、二人の間に右手を差し出したところを思い切り拒絶された。

 バーチャル世界のことだというのに、弾かれた右手の甲がヒリヒリと痛んだ気がした。


「シグマさん、今のはどうかと思います!」


 そしてこれに真っ先に反応したのは、フィーではなくシータだった。

 眉間にシワを作り、珍しく怒りを露わにしていた。


「フィーさんも言い過ぎですが、暴力は駄目です!」


 強い圧が漂ってくる。

 これにはシグマも僅かにひるんだものの、すぐに我を取り戻したように口を開いた。


「うるさいわね! こんな優柔不断ゆうじゅうふだんな奴の肩を持つなんて、まさかアンタ達出来てんの?」

「なっ!?」「ぬっ!?」「うえぇ!?」


 シータとガンマが虚を突かれた声を上げる。

 そして何故かフィーまで驚いていた。


「ガンマさまぁ。アタシは推しとくっつきたい面倒なオタクですよおー」

「何だその告白はぁ! 別に俺とシータさんはそんなんじゃないからっ!」

「そうです。私達は付き合ってませんから! 変な勘繰かんぐりは止めてください」

「あっそ」


 興味無いとばかりにシグマが背中を向ける。


「何処に行くんですか?」


 シータが低い口調で放つ。


「帰んのよ。やってらんないわ」


 言い残すと、彼女の姿は世界から消え去った。


「勝手な人」


 ぽつりとシータがつぶやく。

 彼女がここまでストレートな文句を放ったのは知り合ってから初めてだった。


「俺達だけでも練習します?」


 重た過ぎる空気に耐えられなくなったガンマが流石に提案する。

 だが、少女達の反応はイマイチだった。


「申し訳ありませんが、私も本日は失礼させて頂きます。この埋め合わせは後日必ず」


 ぺこりとお辞儀をすると、シータもまた電脳世界から消えていった。

 ガンマは彼女の突然の行動についていけず、咄嗟とっさに伸ばした手は何者にも届くことは無かった。


「フィーは、やってくよな?」


 思わず吐いた力のこもっていない質問。

 それは問いというよりも、希望に近かった。


 だが、マイペースの彼女は変わらないと思っていた。


「ごめんなさい。折角のお誘いですが、アタシも今日は帰ります」

「フィー……」

「本当にごめんなさい」


 赤髪の少女もまた消えていった。

 一人ロビー残されたガンマは何をするでもなく、消えていった彼女達が居た場所をただただ見つめていた。


 次に彼が動き始めるまで、約10分の時を要した。

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