第18話・告白

 次の日、ガンマはほぼ毎日利用しているダンストプレイルームに人見を呼び出した。


 待ち合わせ内容を伝える時、ガンマはかつてないほど緊張した。

 彼女に取った失礼な態度を考えると、自分ならあまり接点を持ちたくないと思ったからだ。


 しかしながら意外なことに、彼女は要件を詳しく聞くわけでもなくただただ了承した。

 こればかりはガンマにとっては良い意味で予想外だった。


「お待たせしてすみません」

「こちらの方こそお手数お掛けして申し訳無いです」

「いえ」


 ジムの制服を着た人見が部屋に入ってくる。

 本来なら休憩の時間をガンマにいてくれたのだから当然である。


「それで話というと」


 何だか素っ気無い。

 当然と言えば当然なのだが、眼鏡に隠れた眼光が鋭いような気がした。


「先日は人見さんの都合も考えずに行動してしまって申し訳ありませんでした!」


 頭を下げはっきりと言う。


 まずは謝罪。

 謝るだけなら先日と同じだが、今度は謝罪の理由を入れていた。


「お忙しい中、何度も押し掛けてしまいました。本当に申し訳ありません」

「…………」


 人見は何も言わない。

 まだ時期尚早しょうそうとばかりに口を閉ざしていた。


「人見さんの断った理由についてもずっと考えました」


 人見の眉がピクリと動く。


「確かに嫌ですよね。面倒だと思えることを押し付けられたら」


 ガンマが悩みに悩んで導き出した回答。

 それは人見のことをスカウトしたいと言いながら、明らかな苦難を要求したから。


 そりゃあ誰だって嫌だと思うだろう。


「今の俺には人見さんを誘う資格はありません」


 ひたすら反省して得た思いを伝える。


 正直なところ人見とダンストをプレイしたい。

 だがそれ以上に、彼女との関係が悪くなるのは嫌だった。


「頭を上げてください」


 人見がやわらかな声色で言う。


 頭を上げると、彼女は小さな微笑みを作っていた。


「私はガンマさんに謝って欲しかったわけじゃありません。まあ、不思議な謝罪連打は困りましたけど、別に怒ってないですよ」

「え? じゃあ何で口を聞いてくれなかったんですか?」

「業務中に何度もお客様と私語をすると、私が上司に怒られてしまうので」

「本当にごめんなさい」

「いえ、私もちゃんと言うべきでした」


 彼女の優しさが余計に胸に刺さる。

 いたたまれない気持ちが限界を超えて、顔に熱がこもるのを感じた。


「あ、でも怒ってることが一つだけありました」

「え? これ以外にも俺やらかしてました?」


 彼女はガンマに近寄ると、彼の顔の前で人差し指を立てた。


「配信で私のこと相談されてましたよね!」

「何故それを!」

「何かやってると思って、こっそり見てました!」

「んががが」


 アーカイブを消しただけではダメだったようだ。

 そもそも配信自体が駄目だったことにガンマは今更ながら気付いた。


「もう。個人の話を発信するなんて有り得ません」

「な、内容の大筋はぼかしましたから……」

「当然です! で、なければもっと怒ってます!」

「返す言葉もありません」


 また頭を下げる。

 完全に主導権は彼女の方にあった。


「ガンマさんはもっと社会常識と女性の気持ちを学ぶべきです」

「すみません」


 終わったと思った。

 ここまで叱られては彼女との関係は悪化したと言っていい。


「ですので、ガンマさんには罰を与えます。私にダンストを教えて下さい」

「それはもちろん――ってはい?」


 しかしながら、彼女の方はまだガンマを見捨てていなかったらしい。

 どういう意図かは不明だが、彼女の方から来た。


「私にダンストを教えるのは嫌でしたか?」

「あ、いや。俺のこと怒ってたんじゃ」

「はい、怒ってましたよ。だから手打ちとしてダンストを教えて下さい、と」


(何が何だか分からない。けど、何か良い流れっぽいぞ)


「それは構わないのですがどうして急に?」

「ガンマさんの配信を見てたら、やっぱり楽しそうだなって。あ、生配信に出るとかはまだ考えられないですからね!」


 照れた様子で人見が放つ。

 本当にやる気のようだ。


「分かりました! 是非ぜひ教えさせてください!」

「はい、じゃあ都合が良い時間を後でご連絡しますね」

「はい!」


 元気に溢れた声を上げるガンマ。

 彼女との関係が回復したのが何よりも嬉しかった。


「それでは私は戻りますね」

「あ、えっと」

「まだ何か?」


 部屋から出ていこうとした彼女が振り返る。


「何はともあれ俺、人見さんとダンスト出来ることになって嬉しいですから!」

「ふぇ!?」


 人見が素っ頓狂すっとんきょうな声を出す。

 しかしガンマは構わず続けた。


「本当に楽しみにしてます!」

「ぁ、ふわい」


 何故だか瞳はふらふらとした足取りで部屋を後にしていった。

 残されたガンマは意気揚々と体操を始め、ダンスト配信を開始した。


 その第一声は近頃ちっとも感じられなかった元気が詰まっていた。


フィー:元気になって何よりですが、何故だか嫌な予感がするのですが?


「気のせいだろ」


 途中、勘の良い子供ガキが踏み込んできたが軽く受け流す。


フィー:あー、さてはアタシの知らないところで良いことがありましたね!


「さあどうだろうね」


フィー:フィー、突貫します!


「何処にだよ!?」


田中太郎:痴話喧嘩止めろ

フィーちゃん大好き委員会:むしろもっとやれ!

アルプス:バグ技配信見に来たら修羅場だった件


 1時間後、学校から抜け出してきたフィーが配信に飛び込んできたのは言うまでもない。


―――――――――――――――――――――

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