第15話・追加メンバー募集中

 フィーのプレイヤーとしての素質は決して悪くない。

 システム感度を調整後、ガンマはそう思うことが多かった。


 敏捷力びんしょうりょくが高いのか敵の攻撃はすんでのところで回避することが多い。また、ダンジョンを駆け抜ける速度や攻撃速度も目を見張るものがある。


「あとはもうちょっと落ち着きがあればなぁ」


 休憩室の一角でつぶやく。

 今はガンマの他には誰も利用者がいないため、どれだけ喋っても誰も聞くことは無いので平気だ。


(どうすりゃ止めれるんだろ)


 ダンスト内でのフィーは知性よりも本能で動いているようだった。

 それゆえ宝箱があれば警戒することなく開けては罠にハマり、知らないボスに突撃しては踏みつぶされることが続いている。


 ガンマのマネージメントではとても緻密ちみつな動きを見せているというのに、ダンスト内となると不思議なくらい猪突猛進ちょとつもうしんだ。


「誰かがストッパーになってくれればいいんだが」


 自分がやろうと思ってみたものの無駄だった。

 推しの言葉に舞い上がってしまうのだ。


 余計に悪化するだけだった。


「出来れば同じくらい初心者で、同性の人がそばに居ればなぁ」

「これはまた渋い顔をされていますね」


 ぼーとしているところに馴染みのある声が届く。

 人見だ。


「お疲れ様です。人見さんの方は休憩ですか?」

「はい。お茶を買いに来たらガンマさんがもの思いにふけられていたので、つい気になってしまいまして」

「なるほど」


 見れば彼女の手にはペットボトルがにぎられている。

 考え事のし過ぎで彼女が自動販売機を利用したことにすら気付かなかったらしい。


「また何かお悩みでしょうか。私でよければ相談に乗りますが」


 そう言うなり、彼女はガンマの隣に座った。

 おしとやかな動作はフィーやシグマにはないものだ。


「一緒にプレイしているフィーの暴走を止められなくて、どうすればいいんだろって」

「んー、感情に任せて突っ走ってしまうのは初心者あるあるではないでしょうか。最初のうちは何もかもが新鮮で、楽しさが優先されてるのかと」


 彼女の言わんとしていることは分かる。

 ガンマも最初のうちは理屈や攻略知識よりも前にがむしゃらにプレイしていたものだ。


 しかしそういうものは、プレイを重ねる上で段々と薄くなっていくようにも思える。

 フィーは今のところそのような傾向は見られなかった。


「ですが、あいつは何度もプレイしてますよ」

「きっとガンマさんとダンスト出来るのが楽しいんですよ」


 素朴そぼくな笑みを前面に押し出した人見が言う。

 健気な可愛さに、思わず背筋を伸ばしてしまう。


「と、なると、やっぱフィーを抑えられる人間を新たに呼ぶしかないかぁ」

「それが一番手っ取り早いかもしれませんね。フィーさんが喜ぶかどうかは別として」


 しかし、知り合いの人間となると更に難しい。


 シグマを引き入れる手も無くはないが、彼女もまたゴーイングマイウェイの人種である。

 フィーの動きを抑制よくせいするどころか、一緒に突っ走っていく未来が容易に想像出来た。


(でも、他にダンストの知り合いなんていないしなぁ)


 溜息のなりそこないのような息を吐き、人見の方を見る。

 彼女はお茶のペットボトルを両手で持ち、ほがらかな表情をしていた。


(あ、居た)


「人見さん!」

「ひゃいっ!?」


 急に大きな声を出され慌てふためく彼女。

 余程びっくりしたのか、ふたが開いたペットボトルを宙へと放ってしまっていた。


「と、ととっ!?」


 中身がこぼれそうになったところをガンマが咄嗟とっさに手を伸ばす。

 どうにかボトルをつかむことに成功し中身も無事だった。


(あ、あぶなかった……)


「すみません、急に大声出して」

「あ、いえ。こちらこそすみません」


 彼女にお茶を渡し頭を下げる。


「本当に大丈夫ですので。中身もほらっ。一切こぼれてませんし」

「そう言って頂けるとありがたいです」


 調子に乗り過ぎたと反省する。

 ひらめきが走った時こそ落ち着こう、とガンマはひっそりとを反省した。


「それで私がどうかしましたか?」

「そうでしたそうでした。人見さんっ」

「はい?」

「俺達と一緒にダンストやりませんか?」


 真剣な眼差まなざしで彼女の方を見る。


 だが、人見の方はこんなことを言われるとは思っても見なかったらしい。

 目をぱちくりさせるだけで、イマイチ状況を理解出来ていないようだった。


「私、ですか?」


 信じられなさそうに自らを指差す人見。


「ええ、一緒にプレイませんか?」

「そんな。私はぶきっちょで運動センスも壊滅的かいめつてきなんで向いてないですよ」

「そんなことないですよ。この前も配信を見ただけで的確てきかくなアドバイスをくれたじゃないですか」

「あれはアドバイスというよりかは、こういうのもあるよという事象を述べただけで、そんな高尚こうしょうなものでは」

「俺には大助かりでした!」


 自分を卑下ひげする人見を説得し続ける。

 ガンマの瞳には彼女のことしか映っていなかった。


「でも私、ここのバイトがありますし」

「空いた時間だけでも良いので」

「きっと皆さんのお役には立てませんよ」

「そんなことありません。事実今、俺は必要としてます!」


 真摯しんしな姿勢でうったえる。

 彼女は何故か顔を真っ赤にしていた。


「えっと、あの。そこまで仰られるなら……」

「フィーのストッパーになってください!」


 ガンマが言うや否や、

 人見にあった熱量が徐々に引いていくのが分かった。


 不意に流れる気まずい空気。


 そして十秒も経つ頃には、赤みを帯びていた彼女のほおもすっかりと普通の肌色へと戻っていた。


「お断りします。私ではやはりお役に立てそうにありません」

「え、ちょっ、人見さん!」


 唐突に席を立ち、ガンマの元から離れていく人見。そのまま静かに部屋から出ていった。


「俺なんか悪いこと言ったかな」


 ぼやいてみたものの答えには辿り着かない。

 結局、最初よりも悩みの種が増えたことに、ガンマは苦悩するのだった。

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