第14話・失敗to失敗

 フィーとの練習を始めてから早2日。

 結論から言ってしまうと、彼女の動きはあまり良くなっていなかった。


 学校終わりのフィーがやって来る17時から配信を開始。

 それから2時間ほど動画内で練習を繰り返し、配信外にも時間を取っている。


 これだけの時間を割いているにも関わらず、初心者ダンジョンすら突破出来ないのは運動神経が悪いというレベルで済む話ではない。

 何処か欠陥けっかんがあるのではないかと感じられるほどだ。


 それはフィーもまた理解しているのだろう。

 余裕にあふれていた表情に何処かあせりのようなものが垣間かいま見れていた。


「フィー、そろそろ止めよう。これ以上は帰るのが遅くなる」

「もう少し! もう少しやらせてください!」


 ダンジョンを前にねばるフィー。

 ガンマとしては、頑張っているのだから上手くなって欲しいという思いよりも、あまり無理をしないで欲しい思いの方が強かった。


 だが、頑張っている姿勢を自分の一言で台無しにしたくない。

 しかしながら、ガンマから打ち出せるアドバイスも無い。


 困ったものである。


「ん?」


 ひっそりと頭を抱えていると、不意にアラームが鳴った。

 練習に集中しているうちに、どうやら予約時間ギリギリになっていたらしい。


「フィー、時間だからもう出よう」

「そうですか……。残念です」


 彼女にタオルを渡して一緒に掃除を始める。

 毎度元気過ぎるほどの彼女も、今日ばかりはこたえたようだ。


(こんなしおらしい顔もするんだな)


 彼女にはここまで導いて貰った借りがある。

 こうなれば少しでも返済したいと思ってしまうのはおかしいことでは無いだろう。


 でも、実際にどうする。


 モップを掛けながら考える。

 が、指導などしたことの無いガンマにはちっとも浮かばなかった。


「これで終わりですね。アタシ、シャワー浴びてきますね」

「ああ。俺の方はあんまり動いてないから先に休憩室に行って待ってるよ」

「はい。ではまた後で」


 廊下で別れ、小走りで駆けていく少女の姿を見つめる。

 やはり背中から元気を感じられなかった。


「お疲れ様です」

「うおおいっ!?」


 第三者に声を掛けられるとは思ってもみず、背中がピンと伸びる。


「すみません、タイミングが悪かったですか?」


 相手は受付の人見ひとみだった。

 初めてフィーと出会った時は大した会話は出来なかったものの、ほぼ毎日通っただけあって実は顔馴染みの相手である。


 少しおっとりとした女の子だが、柔らかい雰囲気がとても話しやすい。

 またとても可愛らしく、一緒に居るだけで癒やされてしまう。


 そして何よりも凄いのが胸の破壊力。

 豊満なバストは男ならつい視線が移ってしまうほどだった。


「いえいえ、ちょっと考え事をしていたもので。人見さんこそどうかしました?」

「私の方はちょうどシフト上がりでその、ガンマさんとは最近話せてなかったなーって」

「そうでしたか。ここのところ色々あったからなぁ」

「『ガンマのバグ技チャンネル』にチャンネル名が変わってから大盛況ですもんね」

「もしかして見てくれてます?」

「隠れファンです」


 その言葉を聞いた途端、ガンマは天に召されるほどの嬉しさが込み上げてきた。

 こんなにも可愛い子にファンになって貰えるとは思わなかったのだ。


 しかも、彼女は大学生。所謂いわゆるJDというやつだ。


「そういえばフィーさんはご一緒では?」


 ファンだけあってフィーのことも当然知っているようだ。


「あいつなら汗を流しに行ってますよ」

「かなりへこんでいる様子でしたが大丈夫でしょうか?」

「今日の配信も見てたんですね」

「最後の方ちょっとだけでしたが」


 照れながら親指と人差し指でCの形を作って見せてきた。


 持って帰りたいほどの可愛さである。


「でも、ダンストって意外と難しいんですよね。私も下手なので気持ちは分かります」

「それこそ意外ですよ。人見さんなら難なくクリアするもんかと」

「それがぜんぜん。もう最初の調整さえ手こずっちゃうほどで」


 人見が両指を絡ませる。

 ダンストジムで働いていても腕前はそうでもないらしい。


(ん、調整?)


「あれ、調整って何のことでしたっけ?」

「ご存知ないですか? プレイヤーの動きが上手くシステムに伝えられるよう最初に行う感度調整のことです」

「あ……」


 そういえばそんなものがあった。

 チュートリアルで一番最初に教わるものであり、誰だって知っていることだ。


 フィーの場合、ガンマが隣で付き添っていたためチュートリアルが発生しなかった。


 つまり、だ。


(俺が全部悪いってことじゃん!!)


 ガンマは人見にお礼を言うなり、心苦しい状況につい溜息を吐いた。


 ★


「おー、何かワンテンポ早くなったような感じがします!!」


 次の日、フィーはまい披露ひろうするように動き回っていた。

 どうやら彼女はどんくさいわけでは無かったらしい。


 システムの感度調整を行っただけで、彼女の動きは見違えるように良くなった。

 変なところで転んだり、敵モンスターの攻撃を喰らっていたのもシステムとの同調が上手く出来なかった結果のようだ。


 しかも調べたところによると、これはプレイ人数が増えれば増えるほどしっかりとした調整が必要だった。

 つまるところ彼女は何も悪くはなく、ガンマの無知が全てもの原因だった。


 ベンジャミン:今日のフィーちゃんキレッキレだね!

 田中太郎:そこまで仕上げるのに眠れない夜もあっただろう!


(ボディービルかな?)


 コメント欄を気に掛けながら、楽しそうに歩く彼女の後ろをついていく。

 雑魚モンスターも器用に対処しているところを見ると、もう心配する必要は無さそうである。


「あ、ガンマ様。ボスですよボス!」

「そうだな。最初は相手の行動をよく観察するのが良いぞ」

「了解です!」


 今回のボスはトロール。

 人を巨大にして野生で育てたようなモンスターである。

 ダンストでは攻撃力は高いものの動きは遅い。攻撃を回避さえできれば大したことの無い敵の代表格だった。


「ふっふっふ、こんな雑魚。ガンマ様に習った必殺技でぶっ飛ばしてやります!」

「お、おいっ! ちゃんとパターンを把握しろって!」


 慌てて叫ぶも時既に遅し。

 数十秒敵を眺めただけで満足したフィーは敵に突っ込んでいき――、


「ぐらんぱっ!!」


 見事にトロールの振り払いを受けていた。

 そして、彼女が吹き飛んだ方向には不幸にもガンマがおり。


「グランマッ!?」


 吹き飛ばされたフィーとぶち当たった。


「いててて、すみません。ガンマ様」

「分かってるなら早くどけって」

「す、すみま――あっ」


 少女が間抜けな声を出す。

 それもそのはずで、倒れた二人の正面にはトロールがおり、組んだ両手を天井へとかざしているところだった。


(あ、死んだ)


「ぷるぬぎゃー!?」


 フィーとガンマは揃って叩き潰され動かなくなった。

 今日も今日とて、二人の前にはGAME OVERの文字が浮かんだ。


―――――――――――――――――――――

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