第12話・打ち上げ

『カンパーイ!!』


 ダンストRTAin日本が終わった日の夜。

 ファミレスの一角ではささやかなうたげが始まっていた。


「いやー、マジで美味い! こんな美味い酒飲んだの初めてだわ!」


 中ジョッキに注がれた黄金色のビールを喉の奥へと入れていくガンマ。

 軽快にのどを鳴らし飲み込んでいく様は、誰の目から見てもご機嫌な様子だった。


「お疲れ様です。最高の一日になったようでアタシも嬉しいです」

「本当だよ。フィーの解説も最高だった。ありがとう!」

「くうぇぇええ!!」


 お礼の言葉を聞くなり、フィーは気色の悪い声を上げていた。


 鼻血でも吹き出すんじゃないかと思えるほど上半身をる様子は、とてつもなく気持ち悪い。

 しかしながら今日ばかりは気にならない。

 それほどまでに今のガンマは機嫌が良かった。


「まったく。子供のように騒いじゃって」

「あれー、そういう貴女は全参加中11位というしょっぱい結果で終わったシグマさんじゃあないですかー」

「うっさいわね! 運が悪かったのよ! 実力のせいじゃないわ!」


 フィーにあおられたシグマが叫ぶ。

 

 彼女がここに居るのは、閉会式の後にガンマが誘ったからだ。

 お世話になった以上は黙って帰ることなど出来なかった。


「そうだぞフィー。ダンジョンの引きは仕方ないよ」


 彼女の言っていることは本当だ。

 彼女が引いたのは初級者ダンジョンの中で、理論上最も攻略に時間が掛かるものだった。


「そうよ! それに今日のはチャリティイベント! 順位は二の次でしょ!」

「そう言って実は悔しいんじゃないですかぁ!」

「悔しいに決まってるじゃない!!」


 言って、シグマはビールを飲み干した。

 彼女は金髪幼女の見た目でありながら、ガンマの1個下というのだから驚きである。


「あんな隠し玉持ってるならシグマにも教えときなさいよ!」

「いや本当アレ難しいんですよ。俺も全然成功したこと無いですし」

「そんなこと言って、本当は手の内をさらしたくなかっただけなんでしょう!」

「まあ、ある程度は」

卑怯者ひきょうものー!!」


 シグマがテーブルに突っ伏す。

 余程今日の結果が気に食わなかったのだろう。

 ガンマ達に比べて非常にれていた。


「ところで明日からはどうされますか?」


 オレンジジュースが入ったコップから口を離したフィーがたずねてくる。


「しばらくはいつも通りかな」

「そうですね。バグ技の解説動画なども出していけばまだまだフォロー数も稼げそうですし」


 フライドポテトをつまみながら会話を進める。


 二人は特に異論がない今後の計画。

 しかし割って入るものがこの場に居た。


「甘い」


 シグマである。


「甘いって、シグマさんの行動がですか?」

「誰もシグマの過去の失態についての話なんてしてないわよ!」


 見た目金髪幼女が女子高生に襲い掛かる。

 端から見れば子供が大人とじゃれているようにしか見えなかったが。


「他のお客さんに迷惑だからやめろって」

「こいつがあおってきたのよ!」

「そうですね。今のはフィーが悪い」

「ごめんなさい」

「アンタほんっとうガンマには従順ね!」


 怒りの矛先ほこさきが消えてしまった反動か、シグマは机上の液晶タブレットから2杯目のビールを頼んでいた。


「んで、甘いって何のことですか?」

「ここの支払い、アンタ持ちなら話してあげる」

「ガンマ様、こいつ殺しましょう」

「アンタほんっとう良い性格してるわね」

「だからやめなって」


 バチバチと火花を散らし始める二人を急いで止める。


「それぐらいお安い御用ですよ。是非教えてください」

「んじゃ取引成立。アンタもお代わりいる?」

「同じので」

「アタシもです」


 気持ちが軽くなったのか、彼女は流れるようにタブレットを戻した。

 そして運ばれてきた麦酒を一口飲むと、幼女は湿った唇を前に押し出してきた。


「簡単な理屈よ。アンタはプロではなくストリーマーを目指してる。ストリーマーが同じことを繰り返してもきられて終わりよ」

「でもガンマ様にはバグ技っていう強みがあります」

「それが何? こいつは確かに今日革新を起こした。それは認める」

「なら――」

「けど、今日の活躍は他の奴らに『ダンストにはグリッチがある』という事実を周知してしまったとも言える。第二のアンタみたいなのは次々と出てくるでしょうね」


 唐揚げをつまみ、ビールを腹に収めたシグマは強い眼差しでガンマを見た。


「配信の世界で生き残りたいなら考えさない。そして、常に変わり続けなさい」

「…………」

「それがアンタの生きる道よ」


 と、言うなり突然シグマが席を立った。


「何処行くんですか?」

「トイレ。アンタも来る?」

「断固拒否します」

「そう」


 彼女はマイペースに化粧室けしょうしつへと向かっていった。

 飲むペースはかなり早いものの酔っている様子は無い。

 この調子だとまだまだ飲みそうである。


(変化か。難しいな)


 ぽつりとつぶやこうとして止める。

 何故なら正面に座る少女を不安な気持ちにさせたくなかったから。


 そしてもまた酒を口に含み思った。

 何故、そんなことを思ってしまったのだろうと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る