第10話・初めての共同作業

『皆さん初めまして、フィーと申します。これからRTAに挑戦するガンマ様の解説をさせて頂きます。宜しくお願い致します』


 スピーカー越しに相方の声が聞こえてくる。

 だが、彼女の言葉よりも心臓の鼓動音の方が大きかった。


もろっこ:8888888888888

角さん:フィーちゃん可愛い

サンマ:様……?

みっちー:こんな可愛い子に解説してもらえるなんてうらやま


 イベント用の配信チャンネルを利用しているだけあってコメントのペースが早い。


 視聴者数に目を向けると、既に5万人を超えていた。

 上位配信者となれば同接10万人を突破することも珍しくないそうだが、ガンマはまだまだひよっ子である。

 彼のチャンネルでないとはいえ、むしろ5万人もの人が見てくれているだけでも凄いことだろう。


 そうなると緊張きんちょうも凄いわけで。

 意識を強く持たなければ呼吸すらきつい状況だった。


(落ち着け。落ち着け俺。これは単なるチャリティイベント。失敗したって非難ひなんされることはない)


 プレイルームの仕様は普段利用しているものと何ら変わらない。

 ダンジョンだってランダム性はあれど、初級者用のもので親しみがある。


 そうだ。

 何時もと同じだ。


(だから緊張するなって!)


 何度も深呼吸を繰り返していると、フィーによる人物とプレイ紹介が終わりを告げようとしていた。


『バグ技。攻略に用いるので一般的には『グリッチ』と呼ばれるようですが、アタシ達は言葉のインパクトからバグ技と呼称しています』


SENZ:マジでバグ技なんてあんの?

ピン:ガセだと思ってた

キラ大好きマン:↑まだ分からん

USBB:楽しみだわ


 もう少しでフィーの説明が終わる。

 そうなれば始まりだ。


『あらかじめ断っておきますが、生成されたダンジョンによっては用意しているバグ技が利用出来ない可能性があります。その際は通常プレイになってしまいますのでご容赦ようしゃください』


ハチゾー:おけ


(やばいやばいやばいやばい。全然心の準備出来てない! てか、何であいつは冷静なんだよ)


『それではいきましょう。ガンマ様、準備は宜しいでしょうか』

「あ、えっと、その」


 緊張で上手くしゃべれない。

 口の中がやたらと乾き、上唇と下唇が妙にくっ付いてしまった。


『あー、どうやら緊張しているようですねー。皆さんどうか励ましのエールをお願い致します』


リュク:がんばえー

老人B:落ち着いて!

オクトラ:頑張れ頑張れ


 優しいコメントで欄が埋まっている。

 この状況を導いたフィーに感謝しかなかった。


エレナ:失敗しても気にしないから肩の力抜いてけ


(あ……)


 そうだ。

 フィーにも言われたことをすっかりと忘れていた。


(初めてのイベント参加なんだ。ミスって当然。楽しんでけ)


 とは思いつつも、一気に緊張が解消されるわけはない。

 だが、さっきよりははるかに視界が広がった気がした。


「準備OKだ、フィー。大丈夫、いける」


 ガンマが再び答えてから僅かに間が空く。

 何故だが微笑ほほえむフィーの姿が頭の中に浮かんだ。


『はい、それではダンジョン生成をお願い致します。カウント開始はシステム通りです』


 彼女がそう言うなり、殺風景さっぷうけいな部屋がおどろおどろしいダンジョンへと変わっていく。

 数秒ったところで、室内は完全に迷宮へと成り変わった。


(ぱっと見ゴーストダンジョン。それならかなり良い引きだけど)


 ゴーストダンジョンは幽霊モンスターが出現するダンジョンだ。

 幽霊はダメージを与えるのが難しく、ランダム生成の中では非常にはずれの部類である。

 特にボスモンスター討伐とうばつに時間が掛かるため、プレイヤーからは圧倒的に人気が低い。


 しかしながらガンマは違う。

 ある技を見つけてからはかなり好みな方に分類されていた。


(問題は俺の練度れんどだけだな)


『カウントいきますよー!』


 正面にゲームが始まる合図の数字が表示される。


『3、2、1。Good Luckです!』


Fran:GL!

マキ:ぐっどらっく!

ドドド:GOOD LUCK!


 スタートと同時に迷宮に飛び込んでいく。


 壁の燭台しょくだい。ベーシックな床。そして時々砂が落ちる天井。

 やはりゴーストダンジョンで間違いないようだ。


(と、なればだ)


 ガンマは敵モンスターの捜索そうさくを開始した。


『ゴーストダンジョンでは憑依ひょういという技を利用します。これにはまず、このダンジョンの敵モンスターである子分ゴーストを見つける必要があります』


ロル:技名から不穏な感じしかしない

靴箱:ダンスト壊れるか?


 チャット欄には目もくれず曲がり角を右に。

 が、進んだものの残念ながら行き止まり。


 しかし、ターゲットとしてしていたものは存在した。


『お、見付けましたね。まずは下準備として、あと一撃でやられてしまうところまで攻撃を受けます』


 解説の通りに、幽霊が飛ばしてくる謎の弾を喰らい続ける。

 攻撃が胸に当たる度にわずかな振動を感じた。


HPヒットポイントを下げたら、セッティング開始です。仰向あおむけになり、敵の攻撃を喰らわないよう幽霊に近付きます』


 そしてすべるように敵の真下へ。

 ここまでくれば幽霊からの攻撃は完全に届かなくなる。


 しかし、難しいのはここからだ。


『さて皆さん。お祈りの時間です。憑依はかなり難易度が高いのですが、それ以上に運に左右されます』


 やること自体は簡単。


 敵がこちらを見失わない状態を維持。

 そこから敵が手で押すような攻撃動作に合わせて上半身を起こす。


 やることはこれだけなのだがタイミングが非常にシビア。かつ、幽霊が望む攻撃を振ってくれる必要があるのが難しいところだ。


『1回目は――おっと!? ちょうど良い攻撃が来ましたが、微妙にタイミングが合わなかったですね! 皆さんお祈りをお願い致します!!』


マスク:頑張れ頑張れ!!

りも子:いっけーーーーー!!


 2回目は敵が弾を発射してしまったのでスルーした。

 そして次で3回目である。

 そろそろ成功させないと普通にやるより遅くなる可能性が高い。


(頼む頼む頼むー!!)


 頑張った。

 この日の為に練習を重ねてきたのだ。


(運が絡むとはいえ、少しは良い目を見せてくれ!)


 ガンマが神様に祈りを送った時、幽霊が手を前に出す動作の予兆よちょうが見えた。

 瞬間、反射的に体を起こすガンマ。


(イケたか!?)


 タイミングは完璧だったが、まだ分からない。

 この後の動作によっては失敗もあり得るのがこの技の怖いところなのだ。


 怖いながらも一歩踏み出してみる。

 すると、今まで感じていた地面の感触は無く、どちらかと言えば滑っているような感じがした。


(しゃあおらっ!!)


『成功しましたぁ!!』


 ここでようやくフィーの実況がまともに理解出来た。

 最早汗で滲んでいた手に気持ち悪さは無く、不安も重圧も高揚感へと変貌へんぼうしていた。

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