第9話・ブリーフィング

「もしかして、緊張してますか?」


 普段は縁のない巨大な会場。

 その隅っこでガンマは震えていた。


「だって俺なんかより上手いプレイヤーが多くて」

「何を今更。プレイヤースキルだけを見れば、ガンマ様より上手い人はごまんといます」

「中々言うようになったじゃないか」

「推しとの距離感が分かってきたと言ってください」


 こんなにズケズケ核心を突く人間をファンがいてたまるか。

 フィーは最早ファンとというよりもマネージャーに近い立ち位置である。


「でもこんだけ凄いプレイを前にすると、ビビるのは当然だろ」


 正面のモニターにはリハーサルの光景が映し出されている。

 次から次へと好タイムを叩き出しているのを見ると、どんどん気分が落ち込んでいった。


 何せ自分は正攻法でプレイしていないのだ。


 重箱のすみをつつくような陰湿いんしつな技を繰り返し続けている。

 卑屈ひくつになるのも納得だった。


「あれからアタシと練習してきたじゃあないですか? 配信外でも必死に」

「それもバグ技の練習だろ」

「良いんですよそれで。それがガンマ様の強みなんですから」


 本当にそうだろうか。

 真面目にプレイしている人にとって、ガンマのスタイルは邪道ではないだろうか。


 フィーに励まされようとも、そんな思いが首をもたげてくる。


「他人がまともな方面で強くなろうとするのは、それしか知らないからです。言い方を変えれば、無知ゆえの行動ですよ」


 彼女はガンマの横に力強く座ると、正面のモニターへと指を指した。


「それに別に上手くない人もいますよ」

「……確かに」


 モニターの中の参加者は木の怪物と戦っているようだが、おぼつかない足取り。

 きっと緊張しているのだろう。


「ですが、とても楽しそうです」

「そうだな」


 足回りは怪しいが表情は明るい。

 まるで結果よりもイベントそのものを楽しんでいるようだった。


「ガンマ様もまだまだ走り出したばかりでしょう? 失敗しても失うものなんてありませんよ」


 にっこりと少女らしい笑みを向けてくる。


(まったく。こいつは)


 仲間の優しさに触れ、気恥ずかしさから思わず天井を仰ぎ見る。

 空気を読んでくれたのか、フィーはその間何も言うことは無かった。


 視線を元に戻した時には、今度は意地が悪そうな笑顔に変貌へんぼうしていた。


「何だその顔は」

「いえいえ。『本当に良い奴だなこいつ』みたいなこと思われてたんじゃないかと愚考ぐこうしまして」

「本当に良い奴だなこいつ」

「ホワッツ!?」


 どうやら素直に返されたのが計算外だったらしい。

 彼女は珍しく驚きを表面に出していた。

 しかも耳を真っ赤にして。


「そこまで照れられるとこっちまで恥ずかしくなるんだが」

「だ、だって推しのめ言葉ですよぉ。急にはズルいですよぉ」

「お前から言い出したんだが」

「それでもです!」


(大体そんなに褒めてなかったっけ?)


 かなり世話になっている割には、感謝の言葉を述べていなかったようだ。


 これからはきちんと言葉にしよう、とガンマはひっそりとちかった。


「そ、そろそろアタシ達のリハーサル始まりますよー。準備しましょう!」


 突然立ち上がるなりかしてくる。

 チラリと壁に掛かった時計を見ると、確かに予定時刻までそう時間はない。

 が、急ぐほどのものでもなかった。


「ガンマ様のせいで熱くなっちゃったので、一度外の空気を吸ってきます!」

「サクッと戻って来いよー」

「無論です!」


 同意するように右手を上げると、フィーは部屋から出ていった。


「あら、ガンマじゃないの?」


 ガンマもまた退室しようとしたところ、何者かに声を掛けられた。


 この声色は知っている。

 金髪碧眼へきがん見た目幼女のシグマである。


「あ、シグマさん。先日はどうも」

「別に。負けた結果だもの。気にしてないわ」

「そうですか。シグマさんもこのイベントに参加されてたんですね」

「ええ、少しでも周囲の好感度上げたくてね」


 いたたまれなさそうに彼女は後ろ髪を触った。


 彼女のことはコラボする時にフィーから聞いている。


 成績不調で企業のバックが無くなったこと。

 その怒りからリスナーに強く当たってしまい、炎上してしまったこと。


 今の彼女の立場からすればい上がるための足掛けとしては悪くないだろう。


「アンタも良く出ようと思ったわね。全体のレベルは決して低くないわよ」

「それは見てて痛感しますよ」


 純粋な上手さならガンマは最下位に近いだろう。


 が、これは上手さを競うイベントではない。

 フィーが言っていた通り、持ち味をかすことが出来れば上位にも引けを取らない。


「ま、それが分かってるならいいわよ。もし調子に乗ってたらしめてたところよ」

「あははは、ボコられないで良かったです。あ、そろそろリハの時間なんで行きますね」


 別れを告げ立ち去ろうした時である。


「ガンマ」


 まだ話したいことでもあるのか突如とつじょ呼び止められた。

 だが、ガンマが思ったよりも続きの言葉は短かった。


「世間をあっと言わせるくらいの衝撃しょうげきをぶちかましてきなさいな」


 背中越しに彼女なりのエールが飛んでくる。


 ガンマは振り向かず、彼女に見せつけるようにそっと親指を上に立てた。

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