第7話・対決シグマ
「レギュレーションはアンタが決めなさい。プロの強さを見せつけてあげるわ」
とのことなので、選んだのは
妨害無し。先に
フィー:あんな調子こいたクソ生意気チビ、ギッタンギッタンにしてください!
ストレッチをしているとフィーからチャットが飛んできた。
あんなやり取りをしていても、しっかりと暴言を根に持っているところは彼女らしい。
「俺は普通通りにやるだけだよ。それしか出来ないから」
フィー:それで構いません! 上には上がいるってところを見せつけてやってください!
「あいよ」
今日はオンライン配信ではない。
施設内の対戦のため、内容を確認出来るのは施設利用者だけだ。
それならば見た目の面白さではなく、タイムに絡む実践的な技の方を出すべきだろう。
ガンマは思考を
★
ムカつく。
何もかもがムカつく。
シグマはその場を軽く跳ねながら湧き上がる怒りと戦っていた。
自分が今ダンストプロとして下り坂にいるのは知っている。
大会で結果を出すことが出来ず、スポンサーは
そしてその反動を配信でぶちまけてしまい、絶賛炎上中なのも事実である。
だがそれを加味しても、底辺に
あいつらがのうのうと時間を無駄にしてきた中で、自分は血の
勝負を受けたのは、あいつらからこの落ちた状況を打開するするだけの何かが得られると思ったからだ。
根拠はある。
昨日気の迷いで見てしまった有り得ない光景が理由だ。
が、何をしてこようとも叩き潰す。
彼らがどんな秘策を持っていようとも。
プロを
深呼吸を挟み、シグマは徐々に形作られていくフィールドを黙視する。
初心者ダンジョンは久し振りだが苦手ではない。
最低限の迷路要素。
最低限の雑魚敵。
最低限のボスモンスター。
難易度よりも娯楽を優先して作られたダンジョン。
ダンスト経験者であれば誰だって通る道だ。
シグマとて決して嫌なわけではない。
初級者なら踏破に掛かる時間は5分切れれば良い方。上級者であれば2分も掛からないだろう。
勝つ。
必ず勝つ。
眼前に浮かぶカウントダウン表示に全力で集中する。
そして、ゼロになった瞬間――、
閉じられた世界へと彼女は駆けだした。
左右の分岐路まで行くと、最速の判断で行くべき道を決める。
(左は右に曲がっている。右はスケルトンが見える。初心者ダンジョンなら敵がいる方が確率が高い)
一瞬の思考を駆け巡らせた後、一目散に右方向へと進む。
途中の骸骨は通路の隙間を利用して通り抜ける。
(当たり!)
通路の先には更なる分岐がある。
あとはゴールの道を引き当てるだけ。
武器を拾わなければボスを倒すのに時間は掛かるが、このダンジョンの敵ならば拾わない方が早い。
シグマはそう考え全力で走り抜けた。
今度の分岐は何も考えずに右へ。
左右真っすぐの分かれ道。どれも見た目に違いが無いとすれば、考えるだけで無駄。
(グッド。今日のシグマついてる!)
曲がり角を抜け、少々走った後に視界に入ってきたのはドラゴンだ。
ドラゴンといっても、
飛びもしなければ、火も吐かない。形式上はボスだが、HPが多いだけの
(これ、世界レコード出るんじゃない! 完全勝利ね!)
あとは簡素なルーチンを見切りながら攻撃していくだけ。
どう考えても底辺プレイヤーなんかに負けるわけがない。
プロであるシグマがそう思うのは至極当然だった。
が、
「は……?」
プチドラゴンと対峙した瞬間、正面に映ったのは『YOU LOSE』の文字。
つまり、シグマは――、
ガンマに敗北したのだ。
★
「どういうことよ!」
ガンマがルームから出るのを確認するなり、金髪幼女は彼に詰め寄った。
シグマである。
彼女の表情は驚きが混じった怒りに
「シグマのタイムは世界レコードクラスだった!! それなのにシグマよりも早くクリアするなんて、何をしたのよ!」
「そんなこと。ガンマ様のバグ技に決まって――」
「アンタには聞いてない!!」
「な!?」
横からしゃしゃり出てきたフィーの言葉を
彼はあまりの圧力に、秘密を
「壁抜けの技ですよ」
「壁抜け!? 何よそれ!」
「初心者ダンジョンの中でも、あのダンジョンはゲーム開始地点の横の壁が薄いんです。そしてタイミング良く壁と床の間に尻を押し当てると、壁の裏側に飛べるんです」
「うそ。嘘よ! そんなの見たことないわ!」
「本当ですって。何ならリプレイ残してるんで、俺のプレイ映像を見れば
「っ!?」
観念したかのように、シグマは勢い余って掴んでいたガンマの上着から手を離した。
シグマにとって信じられないことに違いないが、彼の目にはちっとも嘘の気配が
「……シグマの負けね。良いわ、アンタ達の望みはシグマとのコラボだっけ?」
「はい、チャンネル登録者が欲しくて」
「そんな裏技持ってるなら、シグマの力なんて借りなくても自然と人が集まるでしょうに」
本当にそう思う。
リプレイを見るまで確信は持てないが、実用的な技ならば
(それにしても、まさかこんなぱっとしない男に負けるなんてねー。こうなれば引退も視野かしら)
溜息を吐きながら腰に手を当てる。
知識や技術、体格以外の理由で負けるのは初めてだっただけに、最早何を悔やんで良いのか分からなかった。
「それじゃあ休憩室でリプレイ見ながら打ち合わせするわよ。パートナーのアンタも来なさい」
「ぱ、パートナーっ!?」
流れに身を任せて放った言葉のはずなのに、何故か女子高生ほどの少女は歓喜に震えているようだった。
反面、隣の男は心底面倒そうな表情をしている。
「何なのよアンタ達。ほら行くわよ」
「ガンマ様!! パートナーですってパートナー! 今日は祝杯ですね!」
「うるさい寄るな! 手を絡めるな! 腕を掴むなー!」
騒ぐコンビを
これが自分を変える一歩だと必死に言い聞かせながら。
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