第4話・誰でも出来る! 壁壊し! 前編

 土曜日の昼下がり。


 ダンストジム前のガードレールに体重を預ける赤髪の少女を見つけ、ガンマは分かりやすく溜息を吐いた。


「あ、ガンマ様!!」


 押しの姿を見掛けるなり、子犬のように飛びついてくる。

 だが華麗かれいに彼女の接触を回避すると、彼女はむっとした表情で顔を近付けてきた。


「何でけるんですかぁ!!」

「いや、鬱陶うっとうしくてつい」

「厳しい! ハグはコミュニケーションの基本ですよ」

「欧米と君の頭の中ではな」


 辛辣しんらつな返しに唇をとがらせるフィー。

 とても可愛い仕草であるが、中身が邪魔をしている。


「それで診断書は貰えたんですか?」

「ああ、うん。病状自体は鬱病うつびょうになりかけって感じだったけど、割とあっさり貰えたよ」

「それは良かった――と言っていいかは分かりませんが、休息は取れそうですね」


 彼女の言う通り、次の月曜日に会社に提出すれば休職出来ることだろう。


「この点に関してはお礼を言うよ。ありがとう」

「はうあっ!?」


 急にフィーが自身の両肩を両手でクロスするように掴む。

 そして恍惚こうこつな笑みを浮かべて体をくねらせていた。


「推しに初めて感謝される幸せ、たまりません! くせになりそうです」

「それは良かったな。じゃあな」

「え、あ、ちょっ!? 置いてかないでくださいよー!!」


 一人悶える女子高生を放置し、ダンストジムへと入っていく。

 置いてかれた少女は不満気と楽しさが入り混じった空気をばらまいていた。


 ★


『取り敢えず何時ものように配信してみてください。今日はリスナーではなく、外野として見てみますので』


 耳に装着したイヤホンからフィーの声がする。

 ただダンジョン配信するだけなら不要なものだが、今日は彼女のサポートが半強制的に付属することになった。


(ま、今日のところは休職のアドバイスを貰った恩がある。我慢だ俺)


「了解」


 一言応答し、入り口横のコンソールを操作しプレイと配信を開始する。

 

 そしてゆっくりと後ろに振り返ると、彼の正面には天井から舞い出た青く光る粒子。

 まばたきを一度挟んだ時には、おどろおどろしい通路が生成されていた。


「皆さんこんにちは、ガンマです。今日もダンスト配信をやっていこうと思います」


フィー:こんにちはー。待ってましたー!


 視界右上にぴょこんと浮かぶメッセージ。

 外野の身分とは何だったのだろうか。


「今日は壁壊しバグを皆さんにご紹介していきたいと思います」


フィー:わーい!


(普通に楽しんでるじゃねーか)


 自由人のチャットに苛立いらだちながらも気にせず進める。


「これは初級ダンジョンならどれでも簡単に出来るバグ技なので、皆さんも実践じっせんできると思います。それでは、まずは敵モンスターを見つけに進みましょう」


 説明を交えながら前方を歩き始める。


 視界の中はダンジョンの中でも現実は室内である。

 本来であればいずれ部屋の奥に辿り着くはずだが、どれだけ歩を進めても壁には当たらない。


 これは室内に埋め尽くされた粒子による効果だ。

 ダンジョンで前に進んでいても、実際には全くといっていいほど前に歩いていないのである。


「お、スケルトン発見」


 二階への階段を塞ぐように骸骨がいこつの化け物が立っていた。


「スケルトンは攻撃力が高いので壁壊しにはもってこいのモンスターです」


 トークによってスケルトンもまたこちらに気付く。

 骨だけの体だというのに滑らかな動作でガンマに接近してきた。


「スケルトンを前にしたらまずは壁を背にしてください」

『ゔるるあっ』


 骸骨の雄叫びを聞きながらくるりと壁の前に立つ。


「このように相手の気を引きながら壁側に誘導してください。時折興味を無くしてどっかに行くので適当に攻撃しましょう」


フィー:ふむふむ


(お前は知ってるだろ)


 とは、心に思っても口には出さない。

 無反応よりにぎやかしでもコメントがあるのはやりやすい。


「スケルトンを誘導したら後は簡単です。スケルトンの攻撃を回避」


 モンスターの右腕による振り下ろしを右方向に避ける。


「そしたらほんの数ミリ位置をずらしてください。今回は右側にスライドしていきます」


フィー:数ミリww


 相変わらずフィーは楽しそうである。


「これを繰り返していきます。ざっと200回ほど」


フィー:儀式かな?


「確かに似たような感じですかね。まあ流れ作業なので何か質問があれば答えていきます」


 骸骨の攻撃には目もくれず言う。

 相手の行動パターンは何度も対峙たいじしたこともあり、最早目視する必要すらなかった。


フィー:彼女いますか?


(あいつマジで何なんだよ一体!)


 頭に血が上る感覚を必死にこらえ、咄嗟とっさに深呼吸を行う。

 あまりに急な怒りにより、回避行動が遅れギリギリでかわせたものの骸骨の右手がほおかすめていった。


「彼女はいませんね。出来ればダンストに関係のある質問が良いのですが」


フィー:失礼しました! じゃあ好きなダンストプロがいたら教えてください。


(お、今度はまともだな。改心したか)


「すみません。プロの方はあまり詳しくないのでいないですね」


フィー:それなら好きな女性配信者は?


(さらっと踏み込んで来やがったこいつ。全然改心してねぇ!)


「自分が見てるのは男性配信者ばかりなので女性の方はあまり。ごめんなさいあんまり答えられなくて」


フィー:いえ、ありがとうございます! 助かります!


(何が?)


 似たようなやり取りが続き十五分程度が過ぎた時である。

 ふと画面左上の視聴者数のカウントが1増えた。


ゾル太:こんにちは、初見です。これは何をやられているのですか?


 久し振りのフィー以外のコメントに、ガンマの胸が大きく高鳴った。

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