第2話・説得フェイズ

「で、最初の質問だけど、君は何で俺の場所が分かったの? 普段通っているジムの情報って公開してたっけ?」


 夕飯で定期的に利用するファミレスの一角。

 コーヒーで喉をうるおしたガンマは対面に座るフィーへと質問を投げかけた。


「黙秘します!」

「OK。じゃあ、この会も解散ということで」

「あー、待ってください! 話します。話しますから!」


 席を離れようとしたガンマを必死に呼び止めてくる赤髪の少女。


「今度隠し事したら本当に帰るからね。分かった?」

「うぅ、分かりました」


 ばつが悪そうにフィーがうなづく。

 そして観念したように言葉をつむぎ始めた。


「どうしてもガンマ様のお姿を生で拝見したいって時期があって、配信チャットの質問で徐々に範囲を狭めてたんです」

「え、そんな簡単に分かるような質問してたっけ?」

「いえ、着実に範囲を絞っていきました。天気やテレビ番組で地方を特定してから、最寄りの店やコンビニで地域を絞るという感じです」

「よしっ、帰ろう!」


 隣に置いてあった荷物を手に取り、席を立とうとする。


「あーちょっと急に帰らないで下さいよー! 正直に答えたじゃあないですかー!」

「うるさい。ネットストーカーと喋ることは何も無い!」

「そんなー」


 ぞんざいな扱いをするが、犯罪者予備軍にまともな態度を取れるはずがない。

 ガンマの行動は常人であれば普通のことだろう。

 それがいくら相手が可愛くてもだ。


「うぅ、だってどうしてもガンマ様にお礼が言いたくて」

「お礼?」


 彼女の言葉が胸に刺さりつい足が止まる。


「アタシ、学校でイジメられてたんです」

「イジメ? 君が?」

「はい。でも、将来の展望とかやりたいことも無かったから、別にそれもいいかと受け身でいたらそのうち学校にいけなくなって」


(急に辛い過去をブッ込んできたなこいつ)


 イジメというワードがガンマの頭を冷やしてくる。

 ガンマも絶賛イジメられている立場ということもあり他人事とは思えないからだ。


(こんながなぁ)


 ガンマの目から見て、フィーはかなり美少女である。

 クセのある髪色をしているが、それ以外はとても可愛らしい。

 顔は整っているし、スタイルも華奢きゃしゃで守ってあげたくなるような容姿をしている。


 見た目だけならうらやましがられてもおかしくはない。そして、それをねたむ者がいるのも容易に想像がつく。


「それで部屋に引きこもってた時、偶然ガンマ様の配信を目に入ったんです。そしたらガンマ様が天啓をさずけてくれたんですよ」

「何か言ったっけ俺?」


 まるで心当たりが無いとばかりに小さく首を傾げる。


「『あー、ぶん殴りたい奴がいるのに何も出来ないのは辛いな。俺が学生だったら絶対にやり返してるのにな』って」

「今の台詞の何処に君を救う要素があったかなっ!?」

「ありますよ! だってこれ。社会人の立場なら手を出したら制裁を喰らいますが、学生の身分なら酷い仕打ちは受けないってことじゃあないですか!」

「それはまあ確かに。でもそんな常識いまさら」

「以前のアタシはそれすらも分からなかったんです。ガンマ様の言葉がなかったら、アタシは今でも引きこもりでした!」


 フィーが強い意志を向けてくる。

 そこまで言われてしまっては、ガンマも悪い気はしなかった。


「それで今度はガンマ様が苦しんでるのを配信で聞いて。アタシ居てもたってもいられなくて」

「それでジムにまで来たと」

「はい!!」


 元気良くフィーが返事する。

 とてもイジメを受けていたとは思えないほど。


 あまりの真摯しんしな声に、ガンマは再び席に着いた。

 ここまで言われては無下むげにするのも心にしこりが残ると考えたのだ。


 ガンマが再度着席したことで、フィーは嬉しそうに言葉の花を作り始めた。


「電車の中で内容を聞いてましたけど、完全にパワハラですよね? 会社に訴えられないんですか?」

「もうやったよ。厳重注意で終わった。しかもイジメはもっと陰湿いんしつになった」

「会社も役に立ちませんね。ですが社員の1人も守ってくれないようなら、確かに辞めるのも選択肢の一つかもしれませんね」


 きっぱりと少女が言う。


 いつの間にか心の内をさらしやすい雰囲気へと変貌へんぼうしていたことに、ガンマは気付かなかった。


「上司以外は文句ないんだけどなぁ。仕事も嫌いじゃないし、給料も良いし」

「それは中々難しいですね。そういえば病院には行かれたのですか?」

「いやまったく。病院行くぐらいならジムに行こうかなって」

「確かに運動はメンタルに効果的ですが、まずは病院でお医者様の診断をあおぎましょう。そこまで精神をやられているのでしたら、きっと診断書が貰えるはずですよ」

「診断書?」

「はい。診断書が貰えれば休職出来るはずです」


(休職か。全然発想になかった)


 思わず息をむ。

 彼女の言う通り、追い詰められていると子供でも浮かぶようなことが思いつかくなるらしい。


 だが、それにしてもだ。


「君、やけに詳しいね?」

「父も母も弁護士で、たまにそういう話を聞くんです」


 かなり優秀な家系のようだ。


 彼女の両親に尊敬の念を抱くガンマだったが、何故かフィーは複雑そうな表情を浮かべていた。


「ところで君は何歳なの? 大学生?」


 一応聞いておく。

 感情の爆発が激しい女の子だが、理智りち的な面も垣間かいま見える。

 きっとある程度年齢を重ねているはずだろう。


「高校二年生です」

「高二っ!?」


 含んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。

 そのまま自分の観察眼の無さに頭を抱えた。


「もうとっくに23時超えてるぞ。帰らなくて良いのか?」

「はい、両親は仕事で滅多めったに家に帰ってきませんので大丈夫です! 明日は土曜日ですし、何ならこのままオールでもアタシは構いませんが」

「バカなことを言うんじゃありません」


 少女のおろかな発言を一蹴いっしゅうする。

 女子高生と夜間に一緒に居るところを警察にでも見られれば職務質問待ったなしだ。


「これ飲んだら帰るぞ」

「そんなー。これからのことまだ全然決まってないですよー。まだガンマ様のダンジョン配信やめない宣言も聞いてないですし!」

「うんん?」


 正直なところ配信については簡単に出来るからやっていたに過ぎない。

 長く続けてきた愛着はあるものの、無理をしてまでやる気にはなれなかった。


「休職したら給料出ないだろうし、それこそやめると思うぞ。そんなことをしている場合じゃなくなる」

「それなら有名配信者になって稼げるようになれば良いんですよ!」


 やや食い気味にフィーが言う。


「有名ってそんな簡単になれるわけ」

「ガンマ様なら大丈夫です! 何せ最強の武器を持ってますから!」

「武器って?」


 まるで心当たりが無い。

「彼女は一体何のことを言っているのだろう」と、ガンマは思った。


「バグ技に決まってるじゃないですか! あんな凄い芸当をやっている人、アタシは他に知りません!」


 胸を張って答える彼女の瞳は、星のようにきらきらと輝いていた。

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