第1話・フィー
「やめるなんて言わないでください! ガンマ様!!」
ガンマに抱きついてきた少女ははっきりとそう言い放った。
(まさかこの子)
彼女の言葉遣いには覚えがある。
自分への敬称に『様』を用いる人間は一人しか心当たりがない。
「もしかして、フィー……さん?」
恐る恐る
ガンマの推理は当たっていたようで、
「えへへへ、認知してくれてたんですね」
「そりゃあほぼマンツーマンだったから」
「そう言われるとそうですね――って、そんなこと話してる場合じゃないです!」
そして真っすぐな瞳でガンマの目を見た。
「ダンジョン配信やめないでください。アタシ、ガンマ様の配信が無くなったら生きていけないです!」
勢いよく頭を下げる少女。
会話の
「気持ちは嬉しいけど、ごめん。もうやめるって決めたから」
「そこを何とか!」
「そんなこと言われたってなぁ」
ポリポリと
これだけ懸命になってくれているのは嬉しいが、ガンマにも事情がある。
ファンの一声で「はいそうですか」と答えられるほど、人間が出来ていない。
「あのー」
対応に
この施設で受付を担当をしている
彼女はガンマが施設を利用する時間にシフトを入れている多く、ほどよく話す仲だ。
「先程システムエラーが出ていましたが大丈夫でしょうか?」
「あぁ、はい! 特に問題無いです! すみません、ご迷惑をお掛けしました」
どうやらシステムが落ちてしまったのを心配してきてくれたらしい。
今の時代、対応は全て受付の管理コンソールから制御出来るはずだが、中々に気の利くアルバイトである。
「それなら良いんですが……」
何故か人見が言葉を
彼女の視線を辿ると、先にはフィーがいる。
(あ、あー!!)
フィーはイマイチ状況を理解出来ないように首を傾げているが、間違いなく原因は彼女だ。
赤いハーフアップの髪が綺麗とか、くりくりとした目が可愛らしいとかは今は関係ない。
一番の問題は服装で、何故かもこもこのパジャマを
百歩譲ってコンビニならまだ通る格好だが、ここは分類的にはスポーツジム。
彼女の格好は明らかにTPOに反していた。
一人で確保しているはずの部屋に一組の男女。
何かいかがわしいことをやっていたのではないかと勘繰られてもおかしくない。
「そちらの方は? お一人でのご予約だったと思いますが」
「これはその。えっとー」
(不味い。上手い言い訳が見つからない)
これ以上間が開くと怪しまれる。
そう感じた時である。
「アタシがガンマさ――この方と話をしたくてつい入ってしまったんです。だからエラーが出てしまって。ごめんなさい!」
フィーが
しかし、パジャマ姿でその理由は厳しい、と内心ガンマは思った。
いや、事実ではあるのだが。
「……そうでしたか。使用中の部屋に入ると今回のようにエラーが発生しますので、次からはロビーにてお待ち頂くようお願いします」
「はい、分かりました!」
「それでは失礼致します」
丁寧に礼をすると、人見は去っていった。
奇跡的に信じてくれたようである。
(面倒に巻き込まれたくなかっただけの可能性もあるけど)
とはいえ苦難は切り抜けたことに変わりない。
ガンマはちらりとフィーを
「聞きたいことはたくさんあるけど、取り敢えず退室準備するから外で待ってて貰えるかな?」
「いえ、アタシも手伝います。ご迷惑をお掛けしてしまいましたので」
「そう? じゃあ、お願いするよ」
ガンマは手に持っていたモップを彼女に渡す。
すると、彼女は元気一杯といった感じで掃除を始めた。
(結構いい子なのかな?)
そんなことを思いながら床をピカピカにしていく。
ガンマが借りていた部屋は学校の教室ほどの広さしかない。
一人なら五分ほど掛かる掃除も、二人でならあっという間に終わった。
「こんなもんかな。手伝ってくれてありがとう」
「ふんぎゃっ!?」
ガンマがお礼を言った瞬間、フィーは大きく後ろに
「どど、ど、どうしたのいきなり!?」
「いえ、まさか
「お、推しぃ?」
思わず間抜けな声を出してしまう。
(俺のことをアイドルか芸能人とでも思っているのかな?)
「着替えは……いっか。そんな汗もかいてないし」
短パンとTシャツという軽装。
「アタシ待ってますよ?」
「いいよ別に。ひとまず近くのファミレスでも行こうか」
「あ、はい」
入り口近くに置いていた鞄を手に取って廊下へと出ようとする。
その時だった。
「っ!?」「ん!?」
ジムの入口方面から歩いてきた金髪の女の子とぶつかりそうなる。
ギリギリのところで接触は回避したものの、相手は相当ご不満だったようで、
「チッ! 気を付けなさいよ!」
舌打ちと暴言のコンボを投げられた。
見た目は外国の子供にしか見えないだけに結構な一撃である。
「何ですかあの態度! アタシぶっ殺してきます!」
「やめなさいな」
見た目は良いのに中身が怪しいのは割と何処にでもいるようだ。
「ほら行くよ」
「はい! 推しの命なら何処にでも!」
子犬のように従順な声を上げるフィーに、ガンマは頭が痛くなるのを感じた。
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