だからバグらせる必要があったんですね

エプソン

プロローグ・たった一人のリスナー

「申し訳ありません。本日をもって配信活動をやめようと思います」


 誰もいない空間に向けて、三神みかみガンマは丁寧ていねいに頭を下げた。


 彼が謝罪する相手はたった一人のリスナー。

 男か女か。子供か成人かさえ分からない。


 しかしながら、約一年もの間自分の配信に駆け付けてくれた唯一の人間である。

 無礼な別れ方をするのはガンマの望むところではなかった。


フィー:嘘……ですよね。嘘ですよね? 急にそんな……


 コメントが視界の右下隅に映る。


 今日もばっちり開始からいる。

 配信者にとって本当に有難いことである。


「本気です。フィーさん、長い間ご視聴頂きありがとうございました」


フィー:嫌ですよアタシ。まだまだガンマ様の配信見ていたいです!


「お気持ちは大変嬉しいのですが、メンタルがもうダメそうで」


 あはは、と乾いた笑いを放ちながら事の経緯を話す。

 プライベートな内容を配信で話すのは良くないが、ここまで過疎かそっていれば関係ない。


 ここまでついてきてくれたフィーには全てを知って貰いたかったのだ。


「全ての原因は仕事というか人間関係が原因で――」


 何処にでもある話だ。

 上司との信頼関係構築に失敗し、日々嫌がらせを受けている。

 たった一度対応を誤っただけで、いわれのない罵倒ばとうや仕事のミスを押し付けられる毎日。


『この無能。お前なんか会社のお荷物だ。さっさと辞めちまえ』


 たった一年で幾度いくどとなく言われた言葉。

 他人がいない時にぶつけられる暴言は確実に心をすり減らした。


『死ね。死んでしまえ』


 結局ストレートな悪口が一番傷付く。

 当日にやり切らなくてもいい仕事の前で何度涙を流したか分からない。


『お前が辞めるまでずっと続けるからな。覚悟しとけ』


 身の毛もよだつ悪魔の表情に何度も気圧けおされた。

 そして死にたいと思った回数も数え切れないほどあった。


 まだ社会人なり立てのルーキーなのに、あまりの辛さに何度枕を濡らしたことか。


 だが、それも今日で終わりだ。


「こんなところです。つまらない話ですみません」


フィー:つまらなくなんてないです! とても、とても胸に来ました。

フィー:そうだ。そんな最低な奴、アタシがぶん殴ってやります!


「いやいやいや、こんなことにフィーさんを巻き込めませんて。はい、この話は終わり!」


フィー:ガンマ様……


「自分で切り出しといてなんですが、湿っぽい話で終わるのはつまらないでしょう? 折角最後なんだから楽しく終わりましょうよ」


フィー:……


 納得してくれていないらしい。

 以降フィーはすっかり無言となってしまった。


「おっ、この壁は良いですね。壁抜けに使えそうです」


 何時ものように通路の凹んだ壁を見つけて頬を押し当てる。

 少しずつ。ほんの少しずつ当てる箇所をずらし、世界から逸脱いつだつ出来るポイントを探っていく。


 傍目はためには狭い道で壁に寄り掛かる奴にしか見えない。

 だが、彼にははっきりとした狙いがあった。


「お、ここっぽいですね。見つけました」


 僅かに頬がめり込んだような気がする。


 そんな感覚を頼りにガンマは次の行動に移した。


「ここまでくればっと」


 言いながら、頭を小刻みに激しく上下に震わせる。

 彼の謎の行動は徐々に世界の常識をむしばんでいく。


「これで――おっ、いけましたね! 成功です!」


 言い放つと同時に、ガンマは通路の外側へと突き抜けた。


 壁に穴が空いたわけではない。

 隠し扉があった訳でもない。


 彼は何の変哲も無いただの壁をすり抜けたのだ。


「あとは何時もと同じですね。良いタイムが出そうです!」


 嬉しそうな表情をしたガンマは世界の裏側。床無き床を走り出す。


 飛んでいるように見えるが足音はある。

 彼は今、異空間を駆けていた。


 そして、一面だけが描画されていない直方体の前まで行くと突如しゃがんだ。


「着きましたね。よいしょっと」


 壁を前にし両手を宙という名の地面に着ける。

 そこから頭も床に接着させると、ガンマはぐるんと前転した。


 途端、不安定だった空間急激に元へと戻る。


 違う。

 ガンマが元いた空間に戻ったのだ。


「お、59秒63。一分切りとは幸先良いですね」


 頭の上に浮かぶ『CLEAR』の文字を見ながら言う。

 反応してくれる視聴者は皆無だったが。


 彼の配信は毎度こんな感じだ。

 オフラインという閉ざされた環境で、正攻法とは真逆のやり方でダンジョンを踏破する。

 そしてキリの良いタイミングで雑談を少々。


 そんなことを約1年続けてきた。

 だがそれも今日で終わりだ。


 ダンジョン攻略と小話のサイクルを10回ほど繰り返したところで、いよいよ終焉しゅうえんが近付いていた。


「時間的にこれで終わりですかね」


 画面左隅の時間に着目し告げる。

 時間は23時前。配信を〆る時間である。


 乱れた呼吸を懸命に整え、ダンジョンの入口を見据える。


 日々メンタルを削られる日々をやり過ごせたのはダンジョンと格闘出来たからだ。

 ガンマにとってはリスナーと同じくらい感謝していた。


(本当はもっと向き合いたかったけどな。けど、もう決めたことだ)


「本当にありがとうございました! これにて配信を――」

「駄目ええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!」

「うえぇ!?」


 甲高い叫び声と共に何者かがガンマがいる世界に飛び込んでくる。

 刹那せつな、彼の体は何か柔らかなものに包み込まれた。


『Error。密室が解除されました。システムを緊急停止します』


 その後訪れる機械音。


 不具合を検知したシステムは、またたく間に彼が居たはずのダンジョンを霧散させた。

 残ったのは陰気いんきな通路や土の地面ではなく、学校の教室のようなシンプルな部屋だ。


「なになになに!?」


 何が起こったか分からずガンマが騒ぎ立てる。

 だが、次の少女の言葉によって金縛りにったように動きを止めた。


「やめるなんて言わないでください! ガンマ様!!」


―――――――――――――――――――――

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