第5話
「素敵ですね。」
聞いていて温かい気持ちになるのは、アンヌさんの話し方や表情に、アランさんへの思いが滲み出ているからだろう。穏やかで柔らかくて、時々茶目っ気のある笑顔を見せるアンヌさんは、今でも十分魅力的だ。若い頃は、本当にきれいだったと思う。アランさんは、服ではなく、アンヌさんに見とれて褒めたのに違いない。
「それで、プロポーズは?」
つい立ち入ったことを聞いてしまったけれど、アンヌさんはくすくす笑った。
「それがね、彼は久々に緊張していて、しどろもどろだったのよ。私もつられて緊張してしまって、『ハイ』というのが精一杯だったわ。後で聞いたのだけど、彼はお友達にも色々聞いて、何度も練習したらしいの。」
一息吐いて、空を見上げたアンヌさんの瞳は、心なしか濡れているようだった。
「結婚生活は短かったけれど・・・、楽しかったわねえ。」
「アランさんは、ご病気だったんですか?」
「ええ、そう。元々、それほど丈夫な方ではなかったらしいのだけど、レジスタンスをしている時に肺を痛めてね。それなのに無理をしてしまって。」
「寂しかったでしょうね。」
「ええ、とても・・・。でも、私にはいい友達がたくさんいたからね。」
そう微笑むアンヌさんの目には、それでも拭い去れない感情が垣間見えているように思えた。
「あら、ごめんなさい。私ばかり喋ってしまって。」
「いいえ。いいお話をうかがいました。」
「ふふ。そう?」
思いがけず素敵な映画を見つけたような、心の奥がじんわり温かくなるような、そんな感覚がある。こういう出会いは、探してもなかなか得られるものではない。
「アンヌ、お待たせ。」
通りから声をかけてきたのは、栗色の髪をショートカットにした中年の女性だ。
「あら、クロエ。用事は終わったの?」
そう返したアンヌさんは、もうすっかり穏やかな表情に戻っていた。
「彼女は私の大家さんよ。」
「大家さん、ですか?」
「そう。古いお友達のお嬢さんでね、今は隣町でホテルをしているの。私はそこで居候しているのよ。」
「あら、こちらのお嬢さんは、アンヌの新しいお友達かしら?」
席まで来たクロエさんは、アンヌさんに似た優しそうな笑顔でそう聞いた。
「ええ、そうよ。ブルターニュに旅行に来たのですって。」
「あら、そうなの?アンヌがブルターニュの話をしたかしら?」
「色々お聞きしましたよ。ご主人のこととかも。」
「あら、まあ。」
「お座りなさいよ。貴女もなにか飲む?」
「そうしたいところだけど、今日はもう帰らないと。」
「ああ、そうだったわね。」
話に夢中でけっこう長居してしまったけれど、そろそろお互い発つ時間だ。握手をして、別れ際に彼女はこう言った。
「次にブルターニュに来るときは、オテル・バラントンにいらっしゃい。写真を見せてあげるわよ。」
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