第4話

『これがその時の写真?』

『・・・うん、そうだよ。』

 そう言いながら彼の目がちょっとそらされたので、不思議には思った。街角の一瞬を切り取った写真が何枚かあって、よく見るとカフェのテラス席に小さくアンヌも写っている。自分だから分かるけれど、他の人だったら見過ごしてしまいそうな大きさだ。

『私だって分かった?』

『そりゃあ、まあ。君のことは知ってるから。』

 モノクロの写真は、普段見る風景とは少し雰囲気が違う。カフェも、そこにいる自分も、なんだか少し遠いもののように感じた。

『あ、この人。』

 その写真には、やはり時折カフェで見かける女の人が、アンヌよりも大きく写っていた。華のある人で、確かどこかの事務員だったと思う。でもアランには分からなかったようで、首をひねっていた。

『誰?』

『カミーユって呼ばれてたかしら。カフェで見かけない?』

『どうだったかな?』

 けっこう知り合いが多そうで、色々な人に声をかけられていたような気がするから、彼もきっと知っているとは思う。

『この写真だと、よくわからないね。』

『私のことは、よく分かったわね。』

『それは、まあ。』

 そういう彼の笑顔はどことなくぎこちなくて、

『アラン?』

覗き込むようにして問いかけると、彼は困ったような顔をした。

『何か隠してる?』

『べ、別に・・・』

 しばらく渋った後、ようやく出してきた他の写真を見て、アンヌは呆れてしまった。最初のより大きく取られた写真が何枚もあったけれど、休憩中だからどれも気の抜けた顔をしている。サンドウィッチにかぶりついているところまであったのだ。せめてカップを手に取ってすましているところなら良かったのに。ちょっと咎めるように彼を見ると、アランは気まずそうに笑って頬をかいた。

『とても自然でいい顔だと僕は思うんだけど、君は嫌がるかもしれないなあ、と思って・・・』

 それはそうだろう。大抵の女性は、きれいに写りたいと思うものだ。

『次はもうちょっときれいに撮ってよ。』

『君はそのままできれいだよ。ありのままがいいんだ。だから僕は・・・』

 思いのほか真剣にそう言った彼は、なぜかその後で照れたような顔になったから、アンヌまで照れくさい気持ちになってしまった。




 それからは、会えば話をするようになり、食事をしたり通りを歩いたりしながら色々な話をした。慣れてくると、彼はやっぱり穏やかな人で、でも少し子供っぽいところもあった。好きなことについて話すときは、目を輝かせて熱っぽく語るのが、なんだかおかしかった。写真は本当に好きなようで、ポーズを取っていてもいなくても、気がついたときには撮られていた。

 夏の煌めくような陽光の中、青い水玉のワンピースでちょっとおめかしをしてみたのは、今度こそきれいに撮ってもらいたいと思ったからだ。彼は褒めてくれたけれど、撮るタイミングはやっぱり自由だった。

 デートはいつも街の中だった。その頃はまだ余暇を楽しむという余裕はなくて、遠くに出かけることなどはなかったけれど、二人で過ごせれば十分満足だった。

 秋になると雨がちになって、でも、雨が上がった後、黄色く色づいた木の葉が地面にも散って、しっとりとした空気の中、薄く差した日で空も地面も淡く輝いて見えるようなときは、なんとも言えず嬉しい気分になる。

『僕は、秋が好きなんだ。』

『あら、私もよ。』


 その日は、そんな雨上がりの日で、街の通りはすっかり色づいて柔らかい光に包まれていた。

 新調したワンピースに身を包んだアンヌは、アランがどんな感想を言うか楽しみでもあり、不安でもあった。縫製の仕事をしているアンヌは、ほとんどの服は自分で作る。ファッション雑誌を見て流行の型を真似したりもする。アランとデートを重ねるようになってから、今までよりずっと気合を入れて作るようになったので、少しでも褒めてくれると、とても嬉しい。

 モスグリーンの生地を、ウエストを絞り、裾が広がるようなラインのワンピースにしたてて、少しくたびれてしまった靴やバッグはきれいに磨いて、ドキドキしながら待ち合わせ場所に向かった。雨はもう止んでいて、乾きかけた石畳にしっとり濡れた黄色い葉が刺繍のように敷かれている。空気はひんやりしていたけれど、落ち葉を踏みしめて歩いているうちに、頬が火照ってきて、コートは脱いでしまった。

 お互いの姿が見えた時、ちょうど雲が切れて日が差し込んできて、彼は眩しそうに目を細めた。

『すごいな。それも自分で作ったの?とても良く似合ってるよ。』

 一旦言葉を切って、それから柔らかく微笑んだ。

『きれいだよ。』

 服を褒められて嬉しかったせいか、自分の頬は、多分赤くなっていたと思う。その日の写真は、今でも一番のお気に入りだ。



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