第3話

『あの、ここ、いいですか?』

『ええ、どうぞ。』

 声をかけられたときは、ただの相席だと思ったから、軽くそう答えた。人の入れ替わりは早いけれど、忙しい時間帯は相席も珍しいことではない。けれど、彼は注文よりも前に、慌ただしげに話しかけてきた。

『えっと、何度か会ったことあるよね。僕は、アランていうんだ。君は?』  

『アンヌよ。』

 何度か会ったというより、見かけたという程度だけれど、たしかに顔はなんとなく覚えている。穏やかそうで物静かな印象の人だったはずだけれど、今日はなぜか忙しなく話し続けている。

 仕事の合間に、ここで息抜きをするのが、アンヌの日課だ。今日はそれが、ちょっと変わったものになった。と言っても、不快感は全くなくて、ただ彼がどうして落ち着きがないのかが不思議だった。

『カメラマンなの?』

 彼がいつもカメラを持ち歩いていたので、そんなことを聞くと、彼はちょっと嬉しそうにカメラに触った。

『僕は記者だよ。これは趣味なんだ。仕事に使うこともあるけど。・・・ああ、と、今度、君の写真を撮ってもいいかな?』

『私を?私でいいの?』

『もちろんだよ。・・・実は、街角の写真を撮っていたときに、君が写っていたりはしたんだけど。』

『あら、どんな写真?見たいわ。』

『あ、うん・・・。今度、見せてあげるよ。』

 そうしていつの間にか、次に会う約束をすることになった。その時のホッとしたような彼の顔は、よく覚えている。その笑顔が一瞬輝いたように見えて、なぜか自分の胸がどきりとしたことも。






「ご主人は、最初からアンヌさんのことが好きだったんですね。」

 きっと、ドキドキしながら話しかけて、会話が途切れないように頑張って、なんとか次の約束が出来てホッとしたのだ。そう思うと、なんだか微笑ましい。

「私は、そのときは気が付かなかったのよ。後になって、あのときは本当に緊張したんだって聞いて、つい笑ってしまったわ。彼には悪いけれど。」

「それで、お付き合いするように?」

「ええ、そう。」

「もしかして、その街角の写真が、ご主人にとってはきっかけだったりしたのかもしれませんね。」

 アンヌさんは目を丸くした。

「すごいわ。どうして分かったの?」

「え?そうなんですか?」

 アンヌさんは驚いたようだけれど、ちょっと思いつきで言ってみただけなので、私も驚いた。

「実はそうなのよ。あの人ったらね・・・」

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