第53話
バルバラはゲンザとラウルを探した。あれからすぐのことだったので、見つけるのは簡単だった。距離を取りつつ、バルバラは二人の様子をうかがった。
ゲンザとラウルの二人は歩きながら喋っている。
「だから俺はオルゲルにただ会って謝りたかっただけなんだよ、前のことも今日のことも。悪気は本当にないんだ。分かってくれよ」
「オルゲルがお前に会いたいと言ったことはないし、その意志を感じたこともない。そもそも、オルゲルの席じゃなかったら奪うつもりだったんだろ」
「人聞き悪いこと言うなよ。単にルールでそうなってるから使おうとしただけだろ。ここはボリーバンじゃねえんだ」
「まあ、話しても意味なさそうだな。どうしても彼女ともう一度会わせろって言うんなら、俺にも考えがある」
ラウルの目が「しめた」とも言いたげな色を帯びた。
「俺を脅すつもりか。ここはオペラニアだぞ。無量寿が人間を脅そうだなんて」
「俺はまだ何も言ってないぞ。ただ君のお父さんには会ったことがあるから、今日のことは伝えようと思っている。君がこの街で暮らしていることもな。心配しているようだったからな」
「う、なんだよ、そんなことで」
「何を恐がっている? 顔に出てるぞ」
「あんた親父の使いか?」
「まあ使いと言うのなら君にも関係のあることは教えてやろう。あの時の落とし物だが、今、持ってるんだ」
ラウルの表情に余裕が出た。でたらめを言うな、拾えるわけないだろ、と言った。バルバラは息を呑んだ。ゲンザは着ているジャケットから煙草でも出すようにそれを取り出したが、それでもラウルの余裕は変わらない。これまでと変わらない歩調でいる。まわりもそれなりに人が歩いていたが、ゲンザの動きにあまりに殺気がないので、単に棒を持っているようにしか見えない。
「どうせそっくりなだけだろう。俺を嵌めようとしたって、」
言葉の途中でラウルが背負っているデイバッグがどさりと落ちた。左右のバンドがすっぱりと切れている。それでいてラウルの服には切れ痕は一切ついていなかった。
ラウルは茫然としている。しかしゲンザの方には殺気はおろか怒気もない。
見ながらバルバラは驚愕した。帯刀屋である彼女ですら、ゲンザがいつ刃を振ったのか分からなかったのだ。
「ラウル、お前がこいつを使ったこと、ロカストにも知られたんだろう。今、無量寿の剣士から奪ったと言って本部に持って帰ったらいい土産になるぞ。返してもいいが?」
ラウルは光を失ったような目をしながらバンドの切れたバッグを抱え「いえ、いらないです」とつぶやいた。
予想していた反応ではなかったが、これでラウルがオルゲルに近寄ることはないと確信し、ゲンザの不安はいくらか消えた。
「ラウル、ボリーバン共和国に帰りたくはないのか?」
ラウルの目にうっすらと光が戻った。しばしの沈黙があって、もう帰れねえよ、と彼は言った。
バルバラの存在にゲンザはもう気づいていた。ゲンザはバルバラに聞かれないよう、ラウルの耳元で囁いた。
「俺は今燕巣の乗組員だが、もう抜けるつもりだ。その気があれば待ち合わせで拾ってドリントまで連れていってやる。俺に賭けるんなら、荷物をまとめて八月一日午前十一時にオペラニア中央駅の噴水前に来い」
彼が予想する今後の流れはこうだ。バルバラはゲンザがカブトワリを持っていたことを滝鶴に報告する。燕巣内部のガス抜きのために滝鶴はこのことを手駒を使って船内に広める。大勢の不満がゲンザへの憤怒に形を変えてゲンザに向かう。
かつて女王の命に背いたことをゲンザは全く後悔していなかった。女王本人にもずいぶんと罵倒されたものだったが、それでも同じことだった。
しかし自分絡みの揉めごとが起こった時、弱い者の方に火の粉がとぶことだけは避けねばならない。この流れで自分が燕巣にいれば、オルゲルに累が及ぶだろう。
(潮時なのさ)
ゲンザはラウルに言った。
「ラウル、なんなら仲間を連れてきてもいいぞ。じゃあな」
ラウルが何も言わないでいると、いつの間にかゲンザは消えた。目の前にいたのに、いつ去ったのか分からなかった。
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