第19話
九月の
「先日の月穹の翌朝、同志二十名が
ドリント市とその周辺の市町村の会員の長であるアンベルンは、そこでふと間をおくと、「そして今日、彼らの遺体が届いた」と続けた。
その場にいた者たちはある者はうつむき、ある者は頭を抱え、呆然としたり涙ぐんだりした。
彼らにとってこういったことは初めてではない。骨翼に突撃を試みては全員むざむざと帯刀屋に串刺しにされ、その遺体が当の標的たちの手で返ってくる。骨翼の無量寿たちはいずれも律義である。襲撃者の死体を一体たりとも地上や海に落とすことなく、全て回収して処理を施し、さらに冷凍にして最寄りのロカスト・ブラザーズの支部あてに送り届けてくれるのだ。今回の場合それがドリントであった。ただ二十人というのはこれまでで最多である。
「ドリント港の我々の倉庫に届けられた遺体はすでに家族のもとへ帰った」
アンベルンはまたもや独特の間をおいて「無念だ」と言った。
「偉大なる祖先が全人類のためにこの世界を不朽の手から取り返してから百年がすぎた。我々にその当時の記憶はない。だがいつも言っているとおり、今いる不朽はほぼ全てあのころの生き残りだ。奴らが生きている限り、人間が完全に地上を取り戻したとは言えない! 我々は先祖が成し遂げられなかったことを成し遂げなければならない! この節目の年に過去最多の志願者が集まったことは、我々にとって誇るべきことだ。毎回極めて不利な状況から果敢に挑み散っていった彼らの勇敢さを、この先も何度でも思い返そう。だが今言ったとおり、今年は特別な年だ。ゆえに、我らの作戦はこれだけで終わらせてはならない」
別の者がやってきて、ポスターを広げた。それは月で開かれる彦郎剣の交流試合のものだった。ラウルはそれを見てぎょっとした。と同時にアンベルンの目がラウルの方を捉えた。
「ラウル!」
ラウルは反射的に「はい!」と返事をして立ち上がった。
「喜びたまえ。これは恵みだ、君への! 君が彦郎剣という不朽の技と出会った意味はここにあったのだ!」
大勢の聴衆もいる中でアンベルンはそれからラウルがここでなすべきことを語ってのけた。ほとんどラウルの頭には入ってこなかったが、どんな形でもいいからこのイベントを潰せ。そういう意味のことを言われていることだけは分かった。
最後にこう告げられた。
「奴らの技を奴らに返してやれ。それができるのはこの中で君だけだ」
誰からとなく拍手が起き、やがて会場中全ての人間の視線と拍手がラウルに向けてそそがれた。
緊急の呼び出しってこれだったのか。ラウルがそう理解した時には、彼がこの後何をしなければならないか、ほとんど決まってしまっていた。
ラウルがこの活動に入ったきっかけは、彼自身でもはっきりとは分かっていない。偉大な実績を持つ父の存在がラウルにとって重かったのは確かではある。子供のころから周囲の大人たちは、身内も他人も、ラウルの技術についてあれこれと口を挟んできた。しかしそのことは彼にとって単に鬱陶しいだけで、彼を蝕むほどのものではなかった。
幼いころ父に連れられて観戦した世界選手権で見た無量寿たちに対しても、圧倒的な強さに感嘆こそすれ、当時、敵意は芽生えなかった。
父親の七光りもあってラウルは昔から多くの先輩剣士と顔なじみであった。技について先輩たちに教わる中で、彼に特に親切にしてくれた先輩が、彦郎剣の愛好家の一部にいる人間至上主義者の一人であったのは、全くの偶然であった。
彦郎剣の人間至上主義。この競技はもはや無量寿のものではなく人間のものであるという思想である。彼らは世界選手権から無量寿の部をなくそうと昔から競技連盟に働きかけていた。加えて、彦郎剣が無量寿発祥であるということを子供たちに教えるべきではないとも考えている。当然ながらこうした人間至上主義者たちはロカスト・ブラザーズに属している割合も高かった。
ラウルにしてみれば相談にのってもらった義理でなんとなく片足を突っこむことになったロカストだったが、ラウルの生活はあくまで道場での鍛錬が第一であった。極端な物言いの連中とは、ほどほどのつきあいにとどめておいた方がいい。そう判断して、彼はその手の集会にもなるべく行かなかった。
他のロカストの連中は顔の割れている無量寿を町で見かけるとは取り囲んで暴力を振るったりするような活動もしていたが、そういう話を聞くとラウルは自分はそこまで無量寿を憎めはしないと思った。自分は、ロカスト・ブラザーズの中では一番穏当な方だ。ラウルはそのようにさえ思っていた。
彼の中では例えばオルゲルのような気に入らない後輩に陰で嫌がらせをするのも、心の中で無量寿に「ああいう奴らがこの先何十年も古株として居座るのかよ」などと内心で八つ当たりするのも、同じことだった。たまにそのぐらいのことをしたり、思ったりするのは、彼の中では悪事の内には入らなかった。
突撃はいつも志願制だったし、ドリントの支部では志願者はこれまでいなかった。会員の間ですら突撃はナンセンスだという意見もあったから、それは自然なことだった。そんな風だったのでラウルは何かを実行しなければならないという重圧とは無縁で、集会でも片隅でなんとなくにこにことしていれば済んだ。
しかしドリントのロカスト・ブラザーズはそんな末端の会員にも、きちんと勤めを用意してくれていたのである。当のラウルには思いもかけないことだったが。
手立てに事欠いたラウルはロカスト・ブラザーズの支部長に相談した。あわよくば断ることができればという期待もありつつである。
支部長はよくぞ相談しに来てくれただの、君も迷っているのだろう、迷うのが人だなどと言葉を連ねたのち、
「なんでもいいんだ、ラウル。とにかく今度の不朽たちの催しを、奴らにとって忌々しい結末にして欲しいんだ。それができなければ……」
我ら組織の存亡に関わるんだよ! と彼はラウルの両手を握って懇願した。
その日の帰路、聞いていない、とラウルは心の中で何度も繰り返した。俺は聞いていない。
拒むことができなかったラウルが次にしたことは、父が大切にしているある短刀をこっそり持ち出すことだった。珀花王家の宝物の中にあった今と同じ、カブトワリで作られた短刀である。父にはこれまで数えるほどしか見せてもらったことがない。収納場所を教えてもらったこともない。ラウルはとうの昔に自力でありかを突きとめていた。
細長い巾着袋をあけると、鞘がぴったりとついた短刀があらわれた。恐る恐る鞘から三、四センチほど出して独特の光沢を確かめる。
袋の中にはその短刀と一緒に紙切れが入っている。が、今日はそれをいちいち広げたりはしない。そこにはこう書かれてある。
――ゆめゆめ、みだりに振り回すことなかれ
その言葉の意味するものを今の時点で分かるラウルではない。しかしそれでいて彼は、このような物を持ちこんでみせてそれ以上何をしてみせるかについてはいまだに無計画である。
結局ラウルが作戦らしきものを思いついたのは、谷に着いてからだった
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