第2話『犯人の少女』


「古い家だが、まあ、上がってくれ」


「はい! お邪魔しまーす!」


 昔ながらの玄関引戸を開けて、少女を家の中へ招き入れる。


「あ、先にお台所借りますね」


 土間を抜けたところで彼女は言い、家の奥へと入っていく。


 ややあって、水の音が聞こえてきた。


 持ってきた大根を洗っているのだろうが、勝手知ったる……とはよく言ったものだ。うちの祖父と面識があるというのは本当らしい。


「……ところで、名前を聞いても構わないか」


「谷崎 衣緒たにざき いおです。ころもに、一緒の緒と書きます」


 居間に腰を下ろしながら尋ねると、そう教えてくれた。


「家は農家で、ここから海のほうに進んで、通りを一本入ったところにあります。村長さんちの斜め向かいですね」


 続けてそう説明してくれるが、土地勘がない俺にはさっぱりだった。


「そういえば、おにーさんのお名前は?」


「それ、聞く必要あるのか?」


「ありますよー。いつまでも『おにーさん』と呼ぶわけにもいかないですもん」


「……山羽涼介やまば りょうすけだ」


「リョースケさん。どんな字を書くんですか?」


「涼しいに……魚介の介だ」


「魚、好きなんです?」


「いや、特にそんなことはないが……」


「じゃあ、お節介の介でもいいじゃないですか。涼しい魚介って、クール便みたいですよ」


 からからと笑いながら、声を弾ませる。


 俺のほうが遥かに歳上なのだが、衣緒は全く物怖じする様子はない。


 そんなことを考えていた矢先、軽快な包丁の音が聞こえてきた。続けて、味噌汁の香りまで漂ってくる。


「……ちょっと待て。お前、何作ってる?」


「え、朝ごはんですけど。食べないんですか?」


「いや、食べるが……どうしてお前が作ってるんだ?」


「山羽のおじーちゃんにもよく作ってましたし……大根が多すぎると言われたので、消費しようかなーと。涼介さん、料理しそうにないですし」


 俺とそんな会話をしながらも、衣緒は慣れた手つきで調理を続けていた。


「いや、食材がないだけで、俺だって一応料理はするぞ。米だって炊いてるし……」


「えぇー……」


 思わず立ち上がるも、衣緒の視線は先日買い込んだレトルト食品の山に向けられている。これでは反論できなかった。


「それじゃ、いただきまーす」


「……いただきます」


 やがて朝食が完成し、これまた古めかしいちゃぶ台を二人で囲む。


 今朝会ったばかりの少女と、俺は一体何をしているんだ……?


 不思議な感覚に陥りながら、山と盛られた大根サラダを口に運ぶ。シャキシャキと良い音がした。


「やっぱり、大根はサラダが一番なんですよー。ほら、大根たちも喜んでますよ!」


 衣緒の独特な言い回しを聞き流し、俺は食卓を見渡す。


 炊きたてのご飯に、大根の味噌汁、大根の煮物、大根サラダ。見事に大根づくしだった。


「冷蔵庫、見させてもらいましたけど……食材、全然なかったですね」


「この島にはスーパーもないしな。島民はどうやって食料を手に入れてるのか、教えてもらいたいくらいだ」


「お米や調味料は港にあるタヨばあのお店で買えますよ」


 はむっ……と白いご飯を口に含む。おそらく、港の商店のことを言っているのだろう。


「あと、お肉や卵はお高いですが、週に一回本土から移動販売が来ますし。魚は釣ればいいし、野菜は育てればいいし」


「……待ってくれ。後半がおかしい」


「そんなことないですよー。魚や野菜はどこからかいただけるものですし、仮に売っていても誰も買いませんって」


 ずずーっ、と味噌汁をすする。


 衣緒はさも当然のように言うが、この島ではこれが日常なのか? まさか、物々交換の成り立つ特殊な場所なのか?


 そんなことを頭の片隅で考えつつ、俺は食事を続けたのだった。



 ……朝食後、衣緒はエプロンを身に着け、かちゃかちゃと食器を洗っていた。


「涼介さん、自分の使った食器は下げてきてくださいねー」


「あ、ああ……」


 俺は言われるがまま食器を運ぶ。完全に主導権を握られていた。


 それにしても、彼女は本当に家事が上手だ。


 まだ中学生くらいに見えるが、何か家庭の事情でもあるのかもしれない。


「……私のことをじっと見て、どうしたんですか?」


「いや……あまりに帰りが遅いと、そろそろ親御さんが心配してるんじゃないかと思ってな」


「あー、大丈夫ですよ。うちは父子家庭ですし、ほーにん主義ですから。この時間だと畑から戻って、また寝てます」


 あっけらかんと言って、彼女は皿洗いに戻った。なんておおらかな島なんだ……。


 しばらくして片付けを終えると、衣緒は足早に玄関へと向かう。


「それじゃ、お邪魔しました。また明日!」


「ああ、また……って、明日も来るのか?」


「はい。約束通り、今度はキュウリを持ってきます」


 先程昇ってきたばかりの太陽に負けないような笑顔で衣緒は言う。


「だからやめてくれ。次はキュウリが冷蔵庫に溢れることになるだろ」


「じゃあ、私が持ってきた野菜で料理を作ってあげますよ。それなら食材も溜まらないですし、涼介さんのお腹も満たされて、一石二鳥です!」


 胸の前で両手を合わせながら、衣緒は名案だとばかりに言う。


「いや、それはさすがに……」


「それではまた明日! ごちそうさまでしたー!」


 俺は慌てて断ろうとしたが、衣緒は全く聞く耳を持たず。


 謎の大根少女は朝日の中、元気いっぱいに手を振っていずこへと消えていった。

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