蝶の舞う島、大根の少女
川上 とむ
第1話『謎の大根事件』
朝起きると、郵便受けに大根が刺さっていた。
「またか。これでもう4日連続だぞ」
ぶっとい大根が顔を出したポストを見ながら、俺はため息をつく。
この島にやってきてからというもの、こんな不可解な出来事が続いていた。
昇ってきたばかりの太陽に目を細めつつ、俺はここ数日の出来事を思い返してみる。
◇
俺、
この島には祖父が一人で住んでいたが、先日心臓発作で倒れてしまった。
幸い一命はとりとめたものの、後遺症で介護が必要となってしまい、本土の施設へ入所が決まった。
そちらの手続きは兄夫婦がやってくれるが、独り者で身軽な俺が住む人間のいなくなった家の管理を任された……というわけだ。
「やっと、ついたか……」
自宅のある大阪から、朝9時の新幹線に飛び乗って九州へ向かい、そこからローカル線やバス、船を乗り継いで移動すること、約半日。
実に10年ぶりの帰省ということもあり、地方の公共交通機関の不便さを失念していた。
ようやく島に到着した時には、すでに夕方近くになっていた。
食事のタイミングも完全に逃していて、俺は空腹に耐えながら島唯一の商店に足を運ぶ。
店番中のばーさんに訝しげな視線を向けられつつ、米やレトルト食品といった数日分の食料を買い込む。
島では自給自足が成立しているのか、野菜のたぐいは一切売られていなかった。
それから祖父の家へ向かうも、移動の疲れもあり、俺は食事と入浴を済ませるとすぐに眠りについたのだった。
その翌朝、俺は物音で目が覚める。
最初はそれこそ、ポストに新聞が届けられたのだと思った。
しかし外に出てみると、ポストに刺さっていたのは新聞ではなく大根だった。
その怪現象は、その次の日も、そのまた次の日も続いた。
俺もただ手をこまねいていたわけじゃなく、犯人を捕まえようと眠い目をこすりながら待ち伏せしたが、結果は振るわなかった。
……そして、今に至る。
犯人との三回目の勝負。俺は見事に敗北していた。
「くそ……これ以上大根を増やされたら、この家は大根屋敷になってしまうぞ」
祖父の家は昭和のはじめに建てられた古い建物で、入ってすぐのところに土間がある。
その隅に、ここ数日で溜まりに溜まった大根が小山になっていた。
料理はするほうだが、俺が作れるのは味噌汁と煮つけぐらいのもの。三食続けたら、さすがに飽きてしまった。
大根の長期保存といえば漬物や切り干し大根だが、俺にそのスキルはない。
「なんとしても犯人を見つけて、この蛮行を止めさせないと」
ため息を吐きつつ、ぶっ刺さった大根をポストから引き抜く。
すると、その間に挟まれていたのか、一通の茶封筒が足元に落ちた。
「……なんだ?」
おそるおそる拾い上げ、俺は慎重に封を解く。
『春大根は辛味が強いですが、みずみずしいのでサラダにするのがおすすめです!』
……おすすめの調理法より、名前を書け。
中身を確認したあと、率直にそんな感想が頭をよぎる。
「……この島ではこれが普通なのか?」
謎の手紙に向かって呟くが、答えてくれるはずもなく。
これと同じように、大根主へ断りの手紙を入れる方法も考えたが、直接文句を言ってやりたい思いが強かった。
かくして、勝負は翌日へと持ち越されたのだった。
◇
次の日。まだ日も昇らぬうちから、俺は門の陰に身をひそめていた。
はたから見れば、いい年した大人が何やってんだと言われかねないが、ここは島。この時間から起きている人間など、数えるほどだ。
ここに来てから妙に寝不足だが、これも全て犯人を捕まえるため。今日こそは。
……その時、ポストに何かを入れる音がした。よし、今だ。
「こらーーー!」
俺は大声をあげ、明かりを手にして表に飛び出す。
「ひゃあーーーー!?」
犯人らしき人影は可愛らしい悲鳴を上げ、その場に尻餅をついた。
「……え?」
懐中電灯の光の中に映し出されていたのは、大きな瞳をした、まだあどけなさが残る少女だった。
座り込んだ拍子に帽子が脱げたらしく、肩ほどまでの黒髪が呼吸に合わせてわずかに揺れている。
「び、びっくりしたー。なーにするんですかもー!」
少女はすぐさま起き上がり、服についた汚れを払う。上下ともにジャージ姿だった。
まさか、早朝ジョギング中の無関係な少女を驚かせてしまったのか……? 都会なら通報ものだ……と、一瞬冷や汗をかくも、うちのポストにはしっかりと大根が刺さっていた。
それに加えて、彼女の周囲には似たような大きさの大根がいくつも転がっている。
「犯人はお前かぁーー!」
「さっきからなんなんですかー! 朝から大きな声を出して、近所迷惑ですよ!」
「迷惑なのはお前のほうだー!」
「め、迷惑……? 私、おにーさんになんかしましたっけ?」
「この大根だ、大根!」
俺はポストに刺さったぶっとい大根を指差しながら叫ぶ。
「いいじゃないですか。大根、おいしいですよね?」
「うまいが、毎日はいらないんだ……俺も料理のレパートリーは少ないし、勘弁してくれ」
「じゃあ、明日からキュウリにします」
「そういう問題じゃない!」
俺は声を荒らげるが、少女はニコニコと笑顔を崩さない。
それを見ていると、大根ごときで怒っている自分が馬鹿らしくなってきた。
「ところで、おにーさんは誰ですか? ここ、山羽のおじーちゃんの家ですよね?」
「俺はその孫だよ。話せば長くなるんだが……」
「いいですよー。私、暇してますし。あ、なんなら、上がらせてもらっても?」
「それは構わないが……今は俺しかいないんだぞ。それでもいいのか」
「はい。山羽のおじーちゃんとはよくお喋りしてましたし。そのお孫さんなら、同じですよ」
なにがどう同じなのかわからないが、少女は両手いっぱいの大根を抱えたまま、家の門をくぐった。
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