§3

「……誰も居らぬな。あとは、この出口を抜ければ逃亡は成功じゃ。これを売った金で、国外へ亡命……し……」

 出口……マンホールの蓋を開けると、そこは人だかりの真っ只中であった。よもや巨人の襲撃から逃れた人波がここまで押し寄せているとは思わなかったのだろう。

「何だコイツ? 変な所から顔出しやがって」

「ん? 何だか高そうな服着てやがるな。もしかして王宮からの脱走者か?」

「あ! コイツ、サザーランド16世だぜ! 国王だ!」

「なにぃ~!? 『神の血』を独り占めしていた、あの悪魔か!?」

「あ、いや、ちが……余はそのような……さ、さらばじゃ!」

 蓋を閉じて逃れようとした男は、結局外に引き摺り出され、所持品と人相書きからサザーランド16世本人である事が暴かれた後、その恨みから民たちにより殴打を繰り返され、やがて力尽きて絶命した。恐怖政治を敷いた独裁者の、余りにあっけない最期であった。

 後にその亡骸からは金目の物だけを剥ぎ取られ、残った遺体はそのまま川へと放り投げられたが、衛兵や警備員による捜索もろくに行われる事なく、単に行方不明として処理された。

 そして間もなく、17世――第一皇子クリストファーが即位したが、彼は今までのような恐怖政治ではなく、極めて民主的な政治を行って、広く国民に愛される王となったという。


**********


「……そうか、あの二人……ついに結ばれたのか。祝辞を送っておかないとな」

 アパートの一室で、開封した手紙を読んでいた少女が、フッと笑みを浮かべた。彼女の名は、エトワール。永遠の旅人と渾名される、流浪の戦士だ。

「しかし、兄上もいちいち律儀な事だ。どうせ居場所は筒抜けなのだし、手紙なぞ必要は無いのにな」

 彼女はおもむろに便箋とペンを取り出して机に向かった。




『兄上様、遅ればせながら二人に祝辞を送らせていただく。

 神官としての稼業にもそろそろ慣れた頃であろう。祝辞を読むときに、噛んだりしなかっただろうな? まぁ、兄上の事だから、失敗しても「黙れ、気が散る」とか言っていそうだがな。

 時に、この地でまた一つ、魂の欠片を見付けた。この手紙が届く頃には肉体に入り込んでいると思うが、様子はどうだ? そろそろ指の一本ぐらい動かしても良い頃だと思うのだが。

 しかし、残数が全く分からないのが不便でいけない。もし、彼が目を覚ましたら教えてくれ、急いで戻るからな。

 くれぐれも身体の方に悪戯をしたりするなよ、ではしっかり修行に励むのだぞ、へっぽこ神官殿』




「こんなところか……しかし、こうして触れ合える者が居るというのは良いものだな。さて、今度も宜しく頼んだぞ!」


 そうして彼女は一羽の伝書鳩にその便りを託し、大空へと放った。その表情は、この上なく優しい笑顔であったという……


<了>

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