§2

「おい、空から誰かが降りて来るぞ!」

「あれは……神か? それとも天使か?」

「違う、あれは……あ、兄上!?」

「なにぃー!?」

 地上で空を見上げながらヤキモキしていた騎士団と、ランスロットの私設SPを務めるエトワールは、空から舞い降りて来る人物を見て仰天していた。いや、エトワールの叫びが無ければ、降りて来たのが誰だったのか理解出来る者は居なかったかも知れない。

「あ、兄上……その姿は?」

「……俺の事は良い。それより、彼を」

「彼……?」

 マントに包まれた状態で顔を隠されたまま、ジークフリードの腕に抱かれていた人物。それが誰なのか、分からない者は居なかった。青い肌の悪魔と共に、大空へと飛び去って行った勇者の帰還を、誰もが待ち望んでいたからである。

「ランス!!」

 まず、マントを除けてその顔を覗き込んだのはエトワールだった。彼女は安らかな顔で瞑目しているランスロットの頬を撫で、『良く、帰って来たな……』と呟いた。彼が疲れ果てて眠っているだけだと思ったのだろう。然もありなん、撫でた頬からは確かに温もりを感じたのだから。しかし、ジークフリードの表情は沈んだままだった。

「兄上……? 勝利したのだろう? 追っ手の大群は阻止できたのだろう?」

「……ああ、勝った。彼と神の長・ガイアの連携によって、誘導装置と共にロボットは爆散した……彼の魂もろとも、な」

 その台詞を聞いて、一同は凍り付いた。今、何と言った……? と。

 そしてジークフリードは語った。自分が殆ど戦いに参加できなかった事、巨人を覆うナノマシンの力で神の攻撃も歯が立たなかった事、それを除ける役をランスロットが引き受けた事、そして撃破と引き換えに、彼の魂が粉々に打ち砕かれた事……その全てを。

「じゃあ……何か? コイツは……ランスは死んじまったって事か!? アンタの尻拭いの所為で!!」

 ウィルがジークフリードの胸倉を掴み、涙を流しながら食って掛かった。ジークフリードはそれを受け、涙を堪えながらその問いに答えた。

「死んではいない。但し、魂は此処には無い。このウーノの各地に、神の魂として散ってしまっている。だが、必ず全ての破片がこのウーノにあるのだ! そしてそれを探せるのは、その資格を持つのは……エトワール、お前しか居ないのだ」

「何という事だ……ランス、そなたは約束を破るのか!! 二人で……二人で旅に出ようと、約束したではないか!!」

「エトワール……彼は最後まで、その約束を果たそうと頑張ったのだ。しかし、ウーノを救えるのは自分しか居ないと悟って、自らナノマシンを払い除ける役を買って出た。そこに死を覚悟した男の顔は無かった。生きて帰る、必ず帰ると誓った男の顔があった……ガイア様はそう言っておられた」

「身体だけ戻って来ても、心が無いのでは仕方が無いではないか!! ランス……私を一人にしたなあぁぁぁ!!」

「狼狽えるな!! ……彼は待っているのだ、お前の事を……お前が自分を探しに来るのを、世界の何処かで。彼はガイア様に語ったそうだ、僕の魂は散り散りになってしまうかも知れない、でもエトが必ず探してくれるから……僕は信じているから、と」

 俯いてそう語るジークフリードの頬を、横合いから割って入ったウィルが拳で殴り付けた。じゃあ貴様は何をしていた、指を咥えて見ていたのか、ランスが散って行くその様を! と叫びながら。

「……本当なら、俺が彼の代わりに散るべきだったのだ。だが、仮に俺が進んでその役を買って出ても、彼は拒否しただろう。彼はそんな男だ。守るべき者の為、愛する者の為……そして、自分自身の為に生命を賭ける。そんな男なのだ、ランスロットと云う奴はな……しかし! それでも俺を責めるというのなら、甘んじて受けよう! さあ、殴れ!」

 ジークフリードとウィルは、暫し対峙した。ジークフリードはキッとウィルの目を見据え、ウィルは拳を握り締め、歯を食い縛りながら。だが、ウィルの拳が再びジークフリードの頬を捉える事は無かった。

「……このバカに、叱られたくねぇからな。生き返るんだろう? 魂の欠片を全て集めりゃあよ」

「それが出来るのは、エトワールだけだがな。そして俺は、魂の欠片が全て集まるその日まで、この勇者の身体を、全身全霊を賭けて守り抜く。それが俺に出来る、せめてもの贖罪だから……」

「カッコつけてんじゃ……ねぇよ」

 横たわる勇者の前に跪き、二人の男は誓った。必ず貴様を生き返らせる、と。そして、誓いを立てた二人の男が、互いの拳をぶつけ合って『投げ出すんじゃねぇぞ』『貴様こそ』と言い合っていた、その時。雲間を破って、天から声が聞こえて来た。

『合格じゃ、若き勇者よ』

「な、何だ!?」

「その声……ガイア様!?」

『……ランスロットの魂は、欠片となって四散した。再び起き上がるには暫しの時間が必要となろう。しかし、その娘の情熱があれば必ずやこの世に甦るであろう。その事を信じ、待つ事を決めた勇気を讃え、褒美を遣わそう』

「褒美……?」

「……あ! 隊長、あれを!!」

「雲……? ……え? ええええええ!? こ、これは……!?」

 真綿のような雲に包まれ、ゆっくりと降りて来たその体を見て、ウィルは仰天した。何とそこには、愛する者の姿があったのだから。

「透けてねぇ……あったけぇ! これは一体……?」

『残念ながら、我が娘ノアは女神として失格じゃ。人間に甚振られ、汚され、その命を奪われた挙句、天界を抜け出して人界に身を隠し、人間と恋に落ちた。ここまで世俗に染まった者に、神格を与えておく事は出来ぬ。故にその資格を剥奪し、人間界に落としたのだ。その娘をどう扱うか……それは若者よ、そなた次第じゃ』

「ちょ、おいおい、神様! 空気読めよな。今こんな事されたって、素直に喜べねぇよ」

 唐突に、およそありえないプレゼントを受け取ったウィルは、思わず狼狽した。然もありなん。すぐ傍に愛する者の肉体だけを返されて悲しみに暮れる少女が居るのだ。その眼前で、自分だけプレゼントを貰って喜べる訳が無い。嬉しい事は嬉しいが、喜びを表現したら傍らの少女は益々深く傷ついてしまうだろう。

『……ジークフリード、エトワール……この両名には神罰を与えたのだ。ランスロットの魂も、このガイアが手を下せば復活は造作もない。しかし、敢えてそれをせずに、エトワールが接近した時のみ反応し、その都度肉体へ戻るよう仕掛けをしたのじゃ。その勇者をこの世に呼び戻せるかどうか……その意気と根気を試させて貰う為にな。言うなれば、人類に対する贖罪じゃ。それに、ジークフリードにはもう一つ、重要な罪滅ぼしがある事を忘れぬようにな』

「ははっ! この地に蔓延したる蟲化の治癒、その解毒剤の処方を記して各地に送ります。さすれば早急に脅威は去るでしょう」

 その宣言に、返答は無かった。そしてノアが目覚めたのは、それから5日ほど経過してからだった。喜びと悲しみを鉢合わせさせるほど、神も無粋では無かったという事であろうか。

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