終 章 終わりのない贖罪

§1

 オルガンの演奏をバックに、厳かな雰囲気の中、司祭の祝辞が読まれた。

「宇宙万物の造り主である父よ、あなたはご自分に、か……かたどって人を造り、夫婦の愛を祝福してくださいました。今日結婚の誓いをかわした二人に……もとい、二人の上に、満ちあふれる祝福を……」

「噛み過ぎだバカ。ちゃんと練習して来たのかよ」

「う、煩い! 気が散るではないか」

 ドッ、と笑い声が沸き起こった。どんなにフランクな結婚式であっても、司祭の祝辞の最中に笑いが起こる事など滅多にないだろう。しかし、この席の列席者の中に、そんな事を気にする者は誰一人として居なかった。そう、新郎新婦も含めて。

「……どうせ読めんのだ、あとはどうでも宜しい! とにかく幸せになるのだ、ここに集った皆が証人だぞ!」

 今度は、ワッと歓声が沸き起こった。普通、司祭というものは厳かに儀式を取り仕切るものだが、この司祭は少し違っていた。本音で事を語り、列席者にも本音を求めた。無論、新郎新婦もその進行に満足していた。つまりそれは、彼らが皆、心の底から喜んでいるに他ならないからである。

「えー、オホン! では、新郎および新婦は、神と証人たちの御前で、誓いのキスを」

「……ジロジロ見んなよ、恥ずかしーじゃねぇか」

「あら、私とキスをするのが恥ずかしいの?」

「あ、いや、そうじゃねぇンだがよ……」

「……どうでも良いから、早く済ませんか。間が持たん」

 そして二人の唇が重なり合うと、割れんばかりの拍手が教会内に響き渡った。そして秋の高い空に祝福の鐘が響き渡り、鳩が飛び交った。

「二人の進むべき道が、幸せで満たされん事を!!」

 この祝辞で、結婚式はクライマックスを迎えた。あとは乱痴気騒ぎ。司祭もやれやれと言う感じで椅子に腰を下ろし、汗を拭っていた。

「しかしよぉ、まさかアンタに神父役を頼む事になるたぁ、夢にも思わなかったぜ」

「それは此方の台詞だぞ、ウィルフレッド。前日にいきなり訪ねて来て、明日結婚するから宜しく! とは……前代未聞だぞ」

「まぁ、それは勘弁して下さいな。この人はいつもやる事が唐突で、強引で……でも、そこが最高なのだから!」

「……アンタ、本当に元・女神なのか? ミセス・ノア」

 呆れた顔で二人を見やる司祭――ジークフリードは、『まぁ、似合いのカップルだがな』と腹の中で思っていた。

「しかしよぉ、あの時は尤もらしく聞こえたけど……あの神様の言い分、只の言い訳だと思えんか?」

「……コメントは控えさせていただく。私はまだ償いを終えていないのでな。しかし私だけでなく、あいつにも罰を……と云うのは、些か苦しい気がしないでもないな」

 空を見上げ、二人の青年が呟き合った。その様を見て、新婦――元女神であるノア・マクラーレンは『お父様、実はお茶目な方だから』と苦笑いを浮かべていた。


**********


「ランス! ランス!! お、お父様! ランスが……!!」

「狼狽えるな! ……あれが、真の勇者の姿なのだ」

「どんなに勇ましくとも、どんなに立派でも!! 命を落としてしまっては……!!」

 刹那、半狂乱となった女神の頭上に、雷が落ちた。それは、ガイアが発した『罰の雷』であった。

「我が娘、ノアよ。貴公に女神としての資格を与えておく訳にはゆかぬ。今ここで、それを剥奪する。下界に降りて、反省するが良い」

「ガイア様、宜しいのですか?」

「霊体となり、弱体化したまま半端に天界と人界の繋ぎ役をやらせておくよりは……彼女にとっては幸せな結末となろう」

「ノア様は、これからは人間として再出発なさるのですね」

 その通りだ……と、ガイアは瞑目しながら神の力を抜き去り、代わりに人間の命をノアに吹き込んだ。半透明であった彼女は次第にその色を濃くし、再び血の通った肉体を持つ事が出来た。神として復活する事は不可能だが、神力を放棄して降格すれば、人間として生き返る事が出来るのだ。

「幸い、こ奴には、下界に想い人が居るようじゃ。二人の為にも、これが最善であろう。そして寿命を迎えて肉体が滅んだら、またエレクティオンに帰ってくれば良い。今度は、愛する者と一緒にな」

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