§6
「ほら、やっぱり!!」
「むぅ……ここまで顕著に差が出るとは!」
同じくマーキュリーとは違うある村にて、同じ実験をしたランスロットは自らの説が正しい事を立証していた。ただし、彼の場合は擦り抜ける事は出来ないので、蟲に直接手を触れて、強く『消えろ!』と念じるという方法を取ったのだが。
「血は必要なかったんだ、念じれば良かったんだ! ただ、薬として流通させるには血の方が便利だったけどね」
「それはそうだ、貴殿は一人しか居ないのだからな」
そう言いながら、まだ目覚めたばかりで寝惚けている『元』蟲の女性に気付かれぬうちにと、二人はエレクティオンに戻って行った。無論、ランスロットの胸にはガイアから預かった『通行証』が着けてあったので、一瞬で戻る事が出来た。
「……そうか、やはりそうか」
「お祖父様、これで策は練る事が出来ます! 一刻も早くあの巨人を退治し、ウーノを……」
「待つのじゃ。そなた、自分が半神である事を忘れてはおらぬか?」
「いや、それは承知しておりますが……それが何か?」
キョトンとした顔で回答するランスロットに、ガイアは口を開こうとして、また俯いて……を何度も繰り返した。どうやら、かなり言いにくい言葉が、その口の中に含まれているらしい。
「お祖父様、私は祖国を救う為ならば、いかなるリスクをも乗り越えてみせます。ショックは受けません、だから言って下さい!」
「無理じゃ……そなた、祖国に愛する者が居るのじゃろう? 必ず帰ると誓ったのじゃろう?」
「まさか、命と引き換えになる、と……?」
「……確実にそうなるという訳では無い、しかし……ランスロットよ、そなたがあの巨人を精神エネルギーで包み込む為には、肉体から精神体を分離させる必要があるのじゃ。これが完全な神であれば、自らを霧散化させて肉体と精神体が一体化した状態で同じ事が出来るのじゃが……お主の場合、精神体を肉体から切り離し、且つ完全に分離してしまわぬよう、精神の糸で肉体と僅かな繋がりを維持する必要があるのじゃ」
「……!!」
流石に、その回答を聞いたランスロットは戦慄した。しかも、分離した精神体を肉体に戻す事は容易だが、精神の糸はそう長く伸ばす事は出来ない。仮にナノマシンを無効化した隙にトールハンマーで巨人を粉砕したとしても、爆風で精神の糸が切れ、その際にナノマシンを包んでいた精神体も四散してしまうだろうという事であった。これが霧散化した神であれば爆散後に元に戻る事は容易なのだが、精神の糸が切れた後の精神体はそうはいかない。完全に破片を集めて肉体に収めれば復活は成るが、爆散した破片は散り散りになり、全てを採取するのはほぼ不可能に近いであろう。
「ならば、それは私の役目ね。私なら、そんな危険を冒さなくても済むのだから」
「いや、畏れながら……ノア様、それには問題が御座います」
「何故!? 問題など無い筈……」
「……浄化速度の違いです。ノア様の浄化速度は、ランスロット殿の数十倍に及びます」
オネイロスの説明を聞いて、ノアは愕然とした表情を浮かべた。そう、彼女の浄化スピードでは遅すぎて、ナノマシンの除去を行っている間にロボット兵たちの大群がウーノに到達してしまう恐れがあったのだ。そして、そのやり取りを聞いていたランスロットは、暫し瞑目して考え込んでいたが、やがてゆっくりと口を開き、絞り出すような声で語り始めた。
「他に方法は……無いのでしょう? ならば、やりましょう。彼女には、辛い思いをさせる事になるけれど……」
「ダメよランス! それはダメ!! エトワールさんが可哀想だわ!!」
「母さん、放って置いたら……僕がやらなきゃ、ウィルだって死んじゃうんだよ? それにお祖父様、言いましたよね。確実に命を捨てる事になるとは言わない、と」
ランスロットの意思は固かった。どうせ地上を発つ時、覚悟は決めて来たのだ。それを、今更何を迷うものか……と。
「お祖父様、この策を実施するにあたり……一つ頼みが御座います」
「……申してみよ」
「ジークフリードなる者が、追手の進行を食い止める為、ノーヴェ方面に向けて移動中なのですが……彼に、私の状況と今後の事を伝えて欲しいのです」
「あの、異形の者か……分かった、伝えよう」
会話はそこで終わった。泣き叫ぶノアに背を向け、先刻切り裂いた上衣の代わりに纏ったマントを翻し、彼は再び巨人の待ち受ける宙域へと躍り出て行った。
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