§5

「ランス!!」

 光線砲の目標となって、被弾したランスロットの姿はエレクティオンでもモニターされていた。それを目の当たりにしたノアは既に卒倒寸前であった。

「ノア様、お気を確かに!! ランスロット殿はまだ存命です!!」

「一度、エレクティオンに収容するのだ! アスクレーピオス、あの程度の火傷なぞ、直ぐに治せるであろう?」

「可能です。それにあの巨人、手負いのままで倒せる相手であるとは思えません」

 その回答を聞いたオネイロスは、自ら時空門を開いて巨人の直上にあったランスロットの目の前に姿を現し、サッと彼を抱き止めると、直ぐに再び時空門を潜ってエレクティオンへと戻って行った。

「母さん……それに、お祖父様も」

「ジッとしておれ、直ぐにその火傷を治してやる」

「こんなの、掠り傷で……いたたたた!」

 全く、意地っ張りめが……とガイアは手当の様子を見ながら吐息を漏らした。高熱で溶けた衣服の繊維が肌に焼き付き、上衣を脱がせる事が困難であった為、やむなく袖から上衣を切断し、癒着していない部分を先に脱がせ、癒着部は皮膚を剥がして除去する方法が取られた。

「思いの外、傷が深いようですな。表皮だけでなく真皮と、一部は筋繊維にまで熱線が到達しています」

「どの位、掛かりそうか?」

「30分程度、頂戴できれば何とか」

 うむと頷いたガイアは、椅子に座った格好で左腕を固定され、治癒光線を浴びせられているランスロットとノアを正面に置いて、まずあの巨人をどうしても倒さねばならぬのか、それを問い質した。

「愚問です! ウーノには守るべき者が居るのです。そして私は、必ず帰ると約束をしたのです」

「お父様、私もウーノを捨て置く事には反対です。それに、如何に強固とは言え相手は単体、まだ策はある筈です」

 娘と孫に同じ意見を聞かされ、ガイアは『分かった』と一言添えた。

「オネイロスよ、確か先刻、あの巨人はナノマシンに護られていると申したな?」

「は。粒状となったナノマシンが彼奴の全体を覆い、念波や電磁波による攻撃を遮断しております」

「ふむ。して、それに対抗し得る手段……ナノマシンの無効化には、ノア及びランスロットの血液を用いるしかないという事であったな?」

 その通りです、とオネイロスは苦渋の表情で頷いた。しかし、宇宙空間で粒状になった物体に液体を掛ける事は不可能に近く、霧散化させても大気中と違ってそれらを洗い流す事は出来ない。手段は分かっていても実行に移せない、このもどかしさに首脳陣は頭を抱えていたのだ。

 巨人をエレクティオン内に取り込んでしまう案も考えられたが、以前、蟲化した個体を実験サンプルとして持ち帰ろうと試みた際、それが時空門の手前で押し返されてしまい、諦めたという事例が過去にあったのだ。その時は原因が分からなかったが、先刻ガイアの攻撃を軽く弾き返した例を見ると、どうやらナノマシンは神の力に反発する作用を持っていると推測できるのだ。

「ここで疑問なのじゃが……何故、そなた達の血液のみが有効なのか? 血縁上の問題であるなら、儂の血でも有効であるはずではないか?」

「そもそも、血を掛けたり飲ませたり、と云うのがどうにも……薬だって、飲み薬と付け薬がありますよね? 付け薬を口から飲ませたって効かないし、逆もまた然り。なのに、ナノマシン除去に対しては血を飲ませても振り掛けても有効だった。これが以前から不思議だったんですよ」

 ランスロットが、ジワジワとその表皮を形成し直されて行く左腕を見ながら疑問を口にした。が、そこでオネイロスはハッと気付いた。もしかしたら、本当に有効なのは血液ではないのではないか? という事に。

「畏れながら、ノア様。貴女は今、肉体を持たぬ精神体であられる。その貴女が、蟲化した個体に接触したらどうなるか……その結果を見てみとう御座います」

「私が、ですか?」

「左様」

 何の実験かは分からないが、検証したい事があるのなら……と、ノアはオネイロスと共に時空門を潜り、マーキュリー王国とは違う別の土地に降り立った。丁度そこは無人で、蟲が一匹いるだけであった。

「体が無いのだから、触れられはしないと思うのですが……」

 案の定、その手は蟲の体をすり抜けてしまう。ホラ、意味は無いでしょう? と、ノアはオネイロスの方を振り返った。だが、オネイロスは引き続き『蟲の体全体に触れるようにしてみてください。すり抜けても構いません』と要求して来た。ノアは何が何だか分からない、と云う風な表情を浮かべつつ、言われる通り、蟲の体を幾度も素通りしながら様子を見ていた。すると……

「……あ、あれぇ? 俺、どうしたんだっけ」

「……!!」

 何と、蟲化していた個体は人間の姿に戻り、息を吹き返したではないか!!

「やはりそうだ……本当に有効だったのは血液ではなく、その中に溶け込んだ精神エネルギーだったのです!」

「……と、云う事は?」

「早速、この事実をガイア様にご報告しましょう!!」

 自説が的を射て興奮したか、オネイロスは珍しく声を弾ませてノアを促し、時空門を潜っていった。そして彼は、実験の結果をガイアに報告し、これならば策の立てようがあると具申していた。

「つまり、ノアかランスロットの精神エネルギーで彼奴を包み込み、ナノマシンを無効化させたところにトールハンマーを撃ち込めば、有効打になる……と、こう申すか?」

「左様で!」

 成る程、確かに理には適っている。しかし相手は無尽蔵にナノマシンを放出して来る化け物。隙が出来たとしてもほんの一瞬に過ぎない事をガイアは瞬時に見抜いていた。それに、精神エネルギーが有効とは言え、その力にも差がある。現に、ノアは蟲一匹を元の姿に戻すのに、3分以上も時間が掛かったのだ。これはつまり、エネルギーが微弱であるという事になる。

「多分、精神エネルギーは肉体からのバックアップが無いと強大な力を維持できないんじゃないか? と。だから、肉体の細胞が含まれる血液の方が、精神波動のみの時より強力な効果を発揮したんじゃないかと思うんです」

「畏れながら、ランスロット殿の意見は正しいかと。有効成分自体は精神エネルギーで間違いないと思われますが、相乗効果で力を強くする要因の存在は考えられます」

「オネイロス様、この左腕が治ったら、僕にも同じ実験をさせて下さい。お願いです!」

「……分かった」

 もしランスロットの仮説が正しいとなると、肉体と精神エネルギーの双方を兼ね備えたランスロットの方が戦力としては有力という事になる。だが、半神である彼が精神波動を武器化するには……多大なるリスクを冒す必要があるのだった。

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