§2
「おい、ちゃんと掴まっているか?」
「大丈夫ですよ、此処に居ます。しかし凄いですね、機械の力を使わずに宇宙に飛び出せるなんて」
「俺は、ドラゴンもどきの細胞を植え付けられた生物兵器――所謂キメラだ。空を飛ぶ事に付いては何の問題も無いし、垂直に飛び上がればブースター無しで成層圏を突破できる。エトワールとは作りが違うのだ」
ジークフリードは自慢げに答えてはいたが、その言葉には憂いがあった。生身の体では到底できない『空を飛ぶ』という行為、単身で近代兵器を相手に出来る戦闘力、そして何万光年と云う遥か彼方の星を攻撃する事が可能な生体兵器を開発出来る頭脳。彼は『こんな物は要らない、俺は普通に人生を送り、故郷で果てたかった』と、暗に語っていたのかも知れない。
「ジーク様……私も半神、半永久的に機能を停止しない肉体を持つ存在です。しかし完全なる神とは違い、私には人間としての感情があります。だからジーク様の仰ることも、エトワール嬢の苦悩も、少しは分かるつもりですよ」
「……何が言いたい」
「辛い事は辛い、悲しい事は悲しい。それを胸の内に秘めていないで、誰かに話してしまうのも精神面を安定させる手段ですよ、という事です」
「笑止。誰が悲しみを堪えていると?」
「意地っ張りで強情なのですね。良く似た兄妹です。でも、妹君はもう少し素直で可愛かったですよ」
ふん……と吐息を漏らし、ジークフリードは速度を緩めてやがて停止した。重力圏を突破したのだ。ふとランスロットが眼下に目を落とすと、先刻まで立っていた大地が、海や山が、雲までが足の下に見えた。ウーノと云う大地を外から見た事は何度かあるが、それはエレクティオンから映像で見ていただけの事。肉眼で母星を見下ろしたのはこれが初めてだった。
「今しがた、地球の大気圏から離脱した。地上からの高度は500キロと云うところだ。ここまで昇れば重力に引かれず浮いている事が出来るようになる。但し、地表に向かって飛び込むとそのまま重力に引かれ、大気との摩擦熱で燃え尽きてしまうぞ」
ジークフリードは現在位置の解説を行ったが、空気が無いため声が伝わらない。流石の改造人間と半神であっても、この常識だけは覆す事が出来ないようだ。事実、ランスロットはジークフリードの台詞が聞こえない為、大地を見下ろしてひたすら感嘆に浸っていた。
「小僧! いま言った事を理解しているのか?」
「え? あー、何か言ったんですか?」
これだ……と、ジークフリードは呆れ顔を作った。先刻、まさに『神の力』を見せ付けて、街を蹂躙していた先遣部隊を壊滅させた勇士が、一皮むけば普通の少年に早変わりしてしまう。本当に掴み処のない、不思議な奴だ……と彼は感じていた。
「いいか、ここには空気が無い。だから音も聞こえない、本来なら呼吸も出来ない場所なのだ。まあ、構造は違えど互いに呼吸を必要としないで済むようだが……だから聞けと言うのに!」
「えー? 仕方ないじゃないですか、聞こえないんだから!」
二人は頭部を接触させ、声帯の振動を頭蓋骨経由で伝えて会話を行っていた。ランスロットは半神ゆえに、空気の有無に関係なく発声が可能である。が、元々人間であるジークフリードが何故宇宙空間でも生身で生存でき、声帯を震わせる事すら可能なのか。それは彼が高性能な戦闘用サイボーグとして改造された事に所以する。体内に酸素製造機構が存在する為、外気の有無に左右される事なく体内に酸素を循環させる事が出来るのだ。無論、それが彼の最大のコンプレックスであり、人類に対する恨みの根源でもあったのだが……その能力が今、こうして役立とうとしている。ジークフリードにしてみればこれほど皮肉に思える事は無いだろう。
「小僧、ここからは別行動だ。俺は後続部隊の進行を妨害する為、奴らの頭を押さえて攻撃を試みる。制御の出来ない改良型が相手となると、口惜しいが……俺では歯が立たんからな」
「ここから先は、一人で行けって事ですね」
「そうだ。尻拭いをさせるようで済まないが、頼む。目標は此処を起点に、太陽に向かって進んだ地点に居る。いいか、途中で針路を変えるなよ。この角度だ。少しでもズレれば永久に目標とは接触できず、太陽に向かって一直線だぞ」
シビアな指示に、ランスロットは思わずゴクリと生唾を飲んだ。そしてジークフリードは目標の構造を詳細に解説していた。ビーコン発信機の位置、巨人のビーム兵器の装備位置、射程距離、威力など。更に、暴走前の地上用とは違い、既に外部からのコントロールは一切受け付けず、ただ暴れるだけの存在と化しているであろう予測も付け加えて、説明を終えた。
「……その指示に、殆ど意味はありませんね。つまり、何とかして発信機もろともその巨人を破壊するしか手は無いという事になるじゃないですか」
「その通りなのだが……いや、済まん。ナノマシンが自我に目覚める可能性を視野に入れなかった、俺のミステイクだ」
「やれやれ。有効な手段もなく、生身の体ひとつで鋼鉄の巨人と戦う事になるとは、思ってませんでしたよ」
ランスロットは苦笑いを浮かべつつ、どうやって難攻不落の強敵と渡り合おうかと考えていた。が、ふと脳裏に疑問を生じた彼は、それをジークフリードに問い質した。
「ジーク様。もし仮に、あの巨人を上手く倒せたとして。その後……貴方はどうなさるのです?」
「何故、そのような事を訊く」
「ウーノに戻っても、貴方は悪魔として認識されているから民には受け容れられない。と言って、他の星を探すというのも現実的じゃない。貴方は一体……」
「つくづく解せぬ奴だな貴様は。俺は貴様の星を滅ぼしにやって来た侵略者なのだぞ? その身を案じてどうするというのだ」
それは……とランスロットも答えに詰まった。何故そう思ったのか、それが自分にも分からなかったからだ。ただ、敵味方に分かれて戦った相手とはいえ、今は和解しているし、何より目の前にある一個の命である事に変わりはない。その未来を案じて出た疑問である事だけは確かなのだ。
「……貴様はまず、任務を遂行する事だけに集中しろ。その後の事は、それから考えれば良い。もう時間は無い筈だぞ」
「そうでしたね。では、行ってきます」
『行ってきます』か……奴は必ず帰って来るつもりで居るのだなと、翼を広げて飛び去って行く神童の後姿を見送りながら、ジークフリードはその無事を祈る事しか出来ない自分に苛立ちを覚えるのだった。
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