§5

 闘志を燃やして抵抗するも、相手は戦闘に特化した改造人間。非戦闘用改造人間は勿論、生身の人間との力の差は歴然だ。それをまざまざと見せ付けられたウィルたちは、徐々に追い詰められていった。

「今一度、問う。エトワール、考え直すつもりは無いか?」

「何度問われようと、答えは同じです。兄上、私はこのウーノを護ります。既にここは私の……第二の故郷なのだから」

「それだけじゃねぇだろ、嬢ちゃん。奴が帰って来ると信じているから……だろ?」

「奴……? 話に聞く、女神の息子とやらの事か?」

 その問いに、笑みを浮かべながら頷くウィルとエトワールを見て、ジークフリードは眉を顰めた。たかが半神風情が、この無敵の鉄人兵団に敵うものか……と。

「考え直さぬと云うのなら、せめてこの手で息の根を止めてやろう。兄の手向けだ」

「……クッ!!」

 ロボット兵の一体が、重々しい足音を立てて接近して来た。如何に不死の体を持つエトワールと云えども、大質量で粉砕されてしまえばその命は終わりを告げる。少し前の彼女であれば、それも良いだろう……と考えたかも知れない。だが、今は違う。生きて、叶えたい望みが出来たのだ。自らの命を惜しいと思うようになったのだ。こんな処でむざむざ殺されてなるものか……と、彼女はよろめく脚を引き摺りながら、接近して来る巨人にブラスターを向けた。

「無駄だ。その光線の威力では、これの装甲を貫く事は出来ない」

 鋼鉄の脚が振り上げられ、エトワールの頭上に巨大な影を作り出した。それでも彼女は、必死に光線銃を撃ち続けた。例え、それが無駄撃ちと分かっていても、抗わざるを得ない。僅かな可能性に賭けて……しかし奮闘空しく、彼女の命運はまさに尽きようとしていた。

「さらばだ、我が妹よ。異国の土となって果てるが良い」

 ついに、鋼鉄の脚が振り下ろされた……が、その脚が地に付く事は無かった。何故なら巨人は、その巨体を横転させ、動きを停止させていたのだから。

「な、何!?」

「やっぱりね。背中を庇っていたから、そこに急所があると思ってヤマを張ったんだ。ビンゴだったみたいだね」

 突如として起こった想定外の事態に、ジークフリードは驚きの声を上げた。そして声のする方へと視線を向けると、そこには銃口から白煙を上げる拳銃を構えたままの恰好で、光り輝く翼をはためかせた少年――金色の神童が宙に舞っていた。

「ランス!!」

「やあ、遅くなってゴメン。お祖父様を説得するのに手間取ってね」

 ニコッと微笑みながら、帰還の挨拶をする神童――ランスロット。その姿を見て、エトワールは零れんばかりの笑顔を浮かべ、ウィルはニヤリと笑って安堵した。そして、ジークフリードは……

「貴様が……ランスロットか?」

「既にご存知とは……畏れ入ります、ジークフリード様。そう、我が名はランスロット。女神ノアの息子に御座います」

 堂々と名乗りを上げるランスロットに、ジークフリードは『この小僧が……?』とでも言いたげな顔を向けた。然もありなん、どのような強面が現れるかと思っていたら、その正体は華奢な体つきの少年だったのだから。

「さて、僕はもうあの巨人の弱点を握っています。これ以上の抵抗は無意味です、無益な争いはやめて、話し合いましょう」

「笑止! 話し合いだと? それこそ無意味! 貴様とこの俺の何処にそのような余地があると云うのだ!」

「貴方には、分かっている筈です。暴力による支配は何も生み出さない事を。そして、その空しさも……」

「黙れ!!」

 二体目、三体目の巨人がランスロットを捕まえようとその手を伸ばして来た。だが彼はそれを素早く躱し、素早く背後に回り込むと、その中心部にある突起部めがけて発砲した。しかも撃鉄を叩くようなアクションで、二発をほぼ同時にである。

「まさか、シングルアクションのリボルバーで連射だと!?」

 地上からその様子を窺っていたエトワールが思わず叫んだ。そして同時に、彼女は疑問を感じた。幾ら同じ個所を狙ったとて、マグナムであの装甲は破壊できない。なのに何故、自分を襲った巨人は一撃で沈黙したのだ……と。だが次の瞬間、彼女はまたも目を疑った。何と、全く通用しない筈の弾丸が装甲を貫き、内部で爆散して、アンテナを破壊していたのだ。アンテナを破壊された巨人は命令を受け付けられなくなり、同時に制御装置も動作を止めるので、その機能を一気に失うという訳だ。

「なッ……!?」

「あ、ありえない! マグナムで破壊できなかった装甲を貫いて……ん? ……あ、そうか!」

「そうだよ、エト。君が教えてくれた、通常弾とマグナム弾の違いを利用したのさ。尤も、通常弾は模擬弾用の炸薬を移植して強化してるけどね」

 そう、彼はまず貫通性に優る通常弾で装甲表面に穴を開け、そこを正確に狙ってマグナム弾を撃ち込むという離れ業をやってのけたのである。

「そこの騎士さんがモーニングスターで巨人の装甲に傷を付けるのを見てなかったら、考え付かなかったけどね。あの装甲は、柔軟性のある合金で出来ている。だからマグナム弾では破壊できないけど、硬度の高い物質の衝突には意外と脆いんだ」

「しかし、お嬢ちゃんの銃は通用しなかったぞ?」

「そりゃあ、全ての面に防御を施したら重すぎて動けなくなってしまうじゃないか。だから正面装甲と手足だけを強固にして、他の部分は薄く作ってあるんだ。そこを狙えば、拳銃でも撃ち抜けるって訳さ」

 成る程、名のある戦士は背中に傷を作らないと言うが……このデカブツの場合、勇ましさで正面ばかりを向いてたんじゃねぇって訳か! とウィルは納得していた。

「フッ、流石は神の血を引く者……見事、と言っておこうか。よもや、背後の装甲が脆い事のみならず、受信部を破壊されれば動作不能になる事まで見抜いていたとはな」

「機械仕掛けである以上、何処かに指令を受け取る場所がある筈。そして、ジーク様は常に巨人の背後から命令を出していた。だから受信装置は背中にあると思ったんです。まぁ、制御装置にまで直結しているとは思わなかったですけどね」

 後ろ頭をポリポリと掻きながら、ランスロットは笑みを浮かべた。しかし、命令を受け付けなくなれば動きようが無くなる事は凡そ予想していたようだ。そうして瞬く間に3体目を撃破し、素早くシリンダーを開けて排莢し、次の弾倉を装填し……背後から迫っていた4体目の頭部を正面から破壊し、がら空きになった真上からトドメを刺して動きを停止させた。

「御覧の通り、僕は完全にこの巨人の弱点を把握していますが……まだやりますか?」

「ぬぅ……思いの外やるではないか。だが、その弾丸とて、無尽蔵にある訳ではあるまい?」

「確かに言われる通りですが、残り六体を撃破出来るぐらいの残弾はありますよ」

「……我が力を侮るな、小僧! 巨人たちよ、真の力を見せるのだ!!」

 その叫びと共に、ジークフリードは空高く舞い上がり、残存する6体のロボット兵に『封印解除』の指令を与えた。つまり、今までは周囲の市民を傷付けないよう、パワーをセーブしながら戦うようリミッターを設けてあったのだが、それを解除して全力でランスロットを狙うよう指示を出したのだ。が……

「……どうしたのだ? 攻撃せんか! 標的はあそこだ!」

 巨人たちは、封印解除の指示を受けた途端、ジークフリードの命令を受け付けなくなり、勝手に暴れ出した。それどころか、ジークフリード自身にまで攻撃を加えるようになってしまった。

「な、何とした事だ!?」

 狼狽するジークフリードを見て、ランスロットも、エトワール達も唖然としていた。

「何やってんだ、あのトカゲ野郎? テメェの人形に攻撃されてるぜ」

「様子が変だ……制御が利かなくなっているようだぞ」

「何だとぉ!? あのバケモン、手前勝手に暴れてるってのかよ!」

「残念だけど、そのようだよ……理由は分からないけどね」

 笑みを作りながらも、目は笑っていない。そんな表情のランスロットが、額に滲む冷や汗を拭いながら答えた。制御を失った巨人たちは、それこそ無作為に破壊活動を開始していた。

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