§2

 同刻、マーキュリー王国宮殿前。正面および5か所に及ぶ通用門を全て封鎖された為に騎士団の出動も儘ならぬ状態になった王宮では、数百年前に封鎖された地下牢から伸びる遺体搬出口を開き、そこから騎士団を出動させる事になった。その出口は街外れの墓地前に直接繋がっており、長い地下道を通って喧噪の外へと出る事が可能な唯一の経路となっていた。

「ひでぇ匂いだ……何百年も穴を塞いどくと、こうなるモンなのか?」

「文句を言うな。それとも、あの人垣を割って外に出る度胸があるか?」

「へいへい、分かりましたよお姫様。って、それより、あのバケモンが兄貴ってホントかよ」

 ウィルの質問に、エトワールは黙り込んでしまった。いや、無言で肯定しているのだ。自分は単なる延命実験体、対して兄は生体兵器としての改造を受けた合成獣、キメラである。単に死ねないだけでなく、人前に出る事すら憚られる外見に改造された分だけ、人類に対する恨みは向こうの方が遥かに大きい。

(しかし、兄上は一体どうやって、この場所を特定したのだ?)

 エレクティオンでノアが疑問視している事を、彼女も考えていた。偶然にしては出来過ぎているし、追跡された形跡も無い。それに、ウーノに到着した時期に差があり過ぎる。どう考えても答えが出て来ないのだ。

「おっと、行き止まりだ。どうやら終点らしいぜ」

 考えているうちに、通路の終端に着いたらしい。そこには幾重にも板で蓋がしてあり、上がどうなっているかは見当もつかない。だが、そこを破って外に出るしか手段は無いのだ。

「チマチマ穴開けてるヒマはねぇ、吹っ飛ばすぜ! 怪我したくねぇ奴は下がってろ!」

 炸薬を筒に詰めて導火線を付けた、所謂ダイナマイトだ。これで穴が開くかどうかは分からないが、とにかくやって見るしかない。ウィルは板の隙間に数本のダイナマイトを挟み込み、導火線をこより状に束ねてランプの灯で点火した。そして安全地帯まで走った!

 刹那、大音響と共に爆風が自分たちのすぐ脇を掠めた。そして凄まじい埃が舞うが、それは直ぐに外へと排出されて行った。どうやら通路の確保には成功したらしい。が、出た位置が最悪だった。何と青い肌の悪魔――ジークフリードの目の前だったのである。しかし、それは偶然では無かったようだ。

「ククククク……久しいな、エトワール」

「あっ、兄上! 何故、私の行く手に!?」

「ふははは! 教えてやろうか。お前の胸の中の、人工心臓のパルスと俺の脳波がシンクロしているのさ。つまり、お前は索敵専門、俺は攻撃専門の機能を与えられた、二人で一組を成す戦闘用サイボーグだという訳さ!」

 その証言に、エトワールは大きなショックを受けた。まさか、自分自身が発信器になっているとは夢にも思わなかったのだ。

「つまり、波長が合うように追跡して行けば、お前の居る場所に出られるという訳だ。但し、そちらは送信のみ、こちらは受信のみの機能しかない。だからお前には俺の居場所は分からぬが、俺にはお前の居場所は筒抜けなのだ!」

 得意気に高笑いを上げながら、穴の前で仁王立ちする青い肌の悪魔。だが、それが何するものぞ! とばかりに、ズカズカと歩を進め、いきなりその喉元に剣先を突き付ける者が居た。ウィルだ。

「おい、演説トカゲ。いつまでそこに突っ立ってるつもりだよ、邪魔だからどけってんだよ」

「……何?」

「聞こえねぇのかよ、ポンコツ。そこに立ってられちゃ、俺達王宮騎士団が出られねぇって言ってんだよ!!」

 言い終わるかどうかの刹那、ウィルの剣が横凪に風を切った。虚を衝かれた青い肌の悪魔は、紙一重でその攻撃を回避したが、その頬には真一文字に裂かれた傷が刻まれ、そこから紫色の血液が滲み出した。

「……若造、命が要らぬと見えるな……気に入ったぞ! 我が名はジークフリード! 貴様の名を聞こう!」

「訊かれて名乗るも烏滸がましいが……マーキュリー王国騎士団長! ウィルフレッド・マクラーレンだ!」

「ククククク……勇ましさは結構。だが、この俺に勝てるかな?」

「ウィルフレッド! 兄は戦闘用に改造された機械人間だ、あの肌と爪は伊達ではないぞ!」

 味方に制止を掛けるエトワールの言を、ジークフリードは笑いで受け止めた。しかし、此方も戦力的には引けを取らぬ筈……と、ウィルは口角を上げた。どうやら彼には勝算があるらしい。

「ハン! どんだけ頑丈に作られていようと、所詮テメェは一人だ。この数を相手にどう戦う?」

 穴から出て来た騎士団は総勢78名。その数を以て相手を圧倒するつもりで、ウィルは自信たっぷりに啖呵を切った。だが、それを見てもジークフリードは涼しい顔だ。

「おい嬢ちゃん、オメェの兄貴は此処のネジが何本か抜けてるのか? この大軍を見ても笑ってやがるぜ」

「兄を甘く見るな、ウィルフレッド。あの余裕、虚勢では無いぞ」

「ふん……お褒めに与り光栄、と言いたい処だが。此方にも戦略という物がある。貴様らネズミの相手をしてやっている暇など無いのだ」

「なにぃ!?」

 ウィルは双剣を構え、ジークフリードを睨み付けた。だが相手はそれに目もくれず、天を仰いで掌を頭上に掲げ、『来い!』と叫んだ。すると……

「な、何だあれは!?」

「巨大な卵?」

 そう、まるで超巨大な卵のような物が天から降って来るではないか。しかしそれは上空でボンと音を立てて四散し、白煙を上げた。不発弾か? と思い、その白煙の跡を注意深く見ていると……

「……きょ、巨人が!!」

 卵の中から10人の巨人が舞い降りてきた! しかも、その肌は黒光りする鋼鉄で覆われていた。まるで樽に細い棒状の手足を付けたようなアンバランスな風体をしているが、身の丈は大人の3倍はあろうかと云う巨大さだ。

「クッ……こんなか細い脚!!」

 騎士の一人が剣でその脚に斬り掛かるも、逆に剣の方が刃こぼれしてしまうほど強固な防御を、巨人は施されていた。これが10体……ジークフリードの不敵な笑みの根拠は、正にこれだったのである。

「チっ、図体ばかりって訳じゃあなさそうだなぁ。ちょいと骨が折れそうだぜ!」

 舌なめずりをしながら、ウィルは陣形を立て直した。しかしその巨体は直ぐに城を囲んでいた群衆にも発見され、更にパニックを大きくする事となった。そして再び空高く舞い上がったジークフリードは、声高に叫んだ。

「見ての通りだ、諸君! これが我が力だ! 我に平伏し、助けを乞えば命だけは助けてやる。さあ、どうする!!」

 二度目の宣告である。しかも、今度は圧倒的な力を見せ付けての宣言だ。勝ち目はない……誰もがそう思っただろう。しかし、そんな悪魔に果敢に立ち向かう者達が居た!

「おいおい、誰がこんなカラクリ人形に降参するなんて言ったよ!」

「兄上、私とて人類に恨みはあります! しかし、このようなやり方は間違っています!」

 ウィルとエトワールを先頭に据えた騎士団が、陣形を立て直して鋼鉄の巨人に立ち向かった。蹴倒され、殴打され、踏みつけられても挫ける事無く。そんな様を、ジークフリードは『愚かなり……』と、憂いのある笑みで見下ろしていた。

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