第七章 招かれざる客(後編)
§1
「あ、あれは……あの翼獣は、まさか!?」
「母さん、何か知ってるの!?」
エレクティオンの神殿内に映し出されたウーノの様子を見て、ノアが思わず慄いた。そう、彼女は突如、王宮上空に現れた怪物に見覚えがあった……いや、全貌を見た訳では無いが、確かに彼と会話をした記憶があったのだ。
「千年ほど昔、ノーヴェでバイオハザードがあった後、状況を見に行った時に、ただ一人生き残っていた人に出会った……って話をした事があったでしょ? その時の彼が青い肌に赤い目の、異様な姿だったのよ。きっと、細菌の影響で変質した姿を見せないよう、隠しているのだと思っていたの。でも、あんな怪物だったなんて……しかも、生きていたなんて……」
「いや、ありえない事じゃないよ、母さん。エトだって千年前にノーヴェを脱出して、今も生きて……ん?」
ノーヴェのバイオハザードを生き残り、現地に留まった。はて、このキーワードは何処かで、誰かから聞いた事があるぞ? と、ランスロットも記憶を辿り始めた。そして、行き着いた答えは……
「……そうか! あの翼獣は、エトの兄さんに間違いない! エト自身も『兄は醜く改造された』と言っていたし!」
「じゃあ彼は、エトワールさんの後を追い掛けて?」
「いや、それは在り得ないよ。もしそうなら一緒に脱出している筈だ。それより問題は何故ウーノの、マーキュリー王国をピンポイントで狙ったか、だよ」
そう、それは大いに気に掛かるところだった。エトワール同様、偶然ウーノに辿り着くという事は大いに考えられる。しかし、同じ国の、しかも王宮付近に出くわすというのは、偶然にしては出来すぎであろう。
「ふむ……どうあれ、放置は出来ぬ状況だな。民の暴動に合わせた出現、これには何か裏があるに違いあるまい。オーケアノス! 至急、討伐隊をウーノへ派遣するのだ。あの者を直ちに……」
「待って下さい! 僕には彼が、単なる侵略者だとは思えないんです。彼と話をさせてください!」
「ならぬ! 今そなたをウーノへ送り返せば、そなたはその身を投げ打って民を救うであろう」
「当然です! 蟲化に続いて謎の怪物の暴力的宣言、民はいつも怯えるばかり! それを、力のある者が護らないでどうするのですか!」
ランスロットは些か興奮気味になっていた。然もありなん。パニックを起こした民衆を宥めようとしたところを、強引に止められた挙句エレクティオンに保護されてしまい、手も足も出せない状態にされてしまったのだから。
「ランスロットよ……これを見るがいい。これが、そなたが護ろうとしている者たちの本性だぞ? これを見て、まだ擁護すると申すか?」
「……!!」
そこには、突如空に消えたランスロットを非難し、罵倒する市民の姿が映し出されていた。血を寄越せ、あの怪物を倒せ、何が神だ……等々。そんな聞くに堪えない罵倒の数々が、ランスロットただ一人に向けられていたのだ。
「更に……見るがいい」
「これは……?」
次に映し出されたのは、玉座の下に隠してあった神の血をジュラルミンケースに入れて抱え込み、非常経路も塞がれて右往左往しているサザーランドの姿だった。王宮内でも既にクーデターが起こっており、現国王の追放を謳う臣下が兵を纏めて王室を占拠しようとしていたのだ。まさに民衆の蜂起に乗じた、どさくさ紛れの乱痴気騒ぎであった。
「……恐怖政治を敷いた、独裁者の末路か。哀れな」
ランスロットは、この男はもはや盾にも使えなければ大儀名分を作る理由にもならないと判断し、冷ややかな目でその映像を見ていた。加えて、現国王追放を企てる臣下たち、そして暴徒と化し王宮に殺到する民衆の数々。ウィルの言葉を借りるなら、まさにそれらは『薄汚い下種野郎』の集まりだった。
「これを目の当たりにしても、まだ救う価値のあるものと判断するか? ランスロットよ!」
「お祖父様、どのような聖者であっても恐怖が頂点に達すれば錯乱します。彼らは今、一時的にそうなっているだけなのです。今の状況だけを見て判断するのは軽率です!」
「……冷静さが必要なのはランスロット、そなたの方じゃ。オネイロス! ランスロットを別間に保護せよ」
「お祖父様!!」
「ウーノの騒ぎは、オーケアノスに任せておくのだ。神の軍勢に掛かれば、あのような者は……」
「120年前の敗走、あれの原因をお忘れですか、お祖父様!」
一瞬、ガイアは言葉に詰まるが……ギラリと眼光を鋭くし、ランスロットを見据えて言い放った。
「あの時は、蟲化の原因が分からずに後手を取った。しかし、既に蟲化の原因は判明したのだぞ! あの者を捕え、解毒剤を作らせれば事は済むではないか!」
「あの人の言い分は聞かないのですか、お祖父様!!」
「……連れて行け」
「お祖父様!!」
ランスロットは衛兵に両腕を拘束され、連行されていった。ノアはその姿を見ながらオロオロしていたが、何か思うところがあるのだろうか……それを止めようとはしなかった。
(そうか……そうだったのね。彼があの毒を作り、ウーノに撒いていたんだわ。ならば、解毒剤を作る事も容易い。でも、変よ。彼は何故、ウーノだけを狙ったの? どうしてマーキュリーに行き着いたの? 偶然……いや、そんな筈は……)
ノアは着々と軍備が整う中、頻りにその事を考えていた。人類への攻撃を目的として毒を撒くなら、他の地球も同様に狙って然るべき。なのに、何故ウーノだけが標的となっているのか……
「ウーノを狙う理由だけでも、聞けないものでしょうか……お父様」
「だから、今から使者を送るのだ。二級神で充分であろう」
「……そうでしょうか? 何やら、妙な胸騒ぎが致します」
「心配のし過ぎじゃ。まぁ、任せておきなさい」
……いや、これだけで済む筈がない。きっと何かある……ノアの胸騒ぎはますます激しくなるのだった。
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