§8
今日も、青空に銃声が響き渡った。無論、王宮の敷地内で模擬ペイント弾を使用しての訓練であるが。
「随分と、命中精度が向上して来たな」
「アドバイスが良いからさ」
「世辞は止せ、鬼コーチは厳しいと顔に書いてあるぞ」
その返答に、ランスロットは笑って誤魔化すしかなかった。しかしエトワールもにこやかに回答しており、射撃訓練中とは思えぬ程、実に和やかな雰囲気であった。扱っている物は銃器であるが、それさえ見なければ、実に微笑ましい日常のひとコマであった。が、そんな時……
「わっ!」
「な、何だ!?」
「……石?」
唐突に投げ込まれた石を見て、ランスロットは驚いた。それは、城の周囲に集まった暴徒による投石であった。
「一体、何があったんです!?」
「それが……先日解雇された近衛兵の一人が、ランスロット様の血は王族のみで分け与える物、民に回す分は無いなどと、酒場で怒鳴っていたのが拡散したらしいのです」
「な、なんて事を!!」
それまで、民に血が行き渡らないのはその価格の所為であるという定説が信じられており、半ば諦める者が大半を占める中、懸命に稼ぎを蓄えて一滴でも神の血を……と考える者も僅かだが居たのである。しかし、その元近衛兵が王室で聞いた話を酒場で酔いに任せて口走ってしまい、それが市民に広まってしまったのだった。
「バカな! 確かに皆に分けてあげるだけの量は確保できないから、その分値段を吊り上げて手に入り難くしていたのは分かるけど……民に分け与える分が無いだなんて、そんな事は無い!」
「しかし、王室ではそのように決定したようです。完全な独占ですよ!」
その回答を聞き、冗談じゃない! と、ランスロットは驚愕の声を上げた。そして怒り狂う民の前に顔を出し、デマを信じないで! と叫んだ。が、しかし……
「嘘を吐け! ならば今この場で、血を雨のように降らせてみろ!」
「神様なんだろう!? そのぐらい出来るよなぁ!」
「所詮はコイツも王族の一人だ、俺達に血を分ける事なんか考えちゃいねぇさ!」
罵声と共に、強まる投石。中には火炎瓶も含まれ、暴動は更に酷いものとなって行った。
「無理です、ランスロット様! デマではなく正式決定なのです、どんなに頑張っても、民に神の血が行き渡る事は無いのです!」
(何という……王は、父上は一体、何をやってるんだ!)
既に自分を守る為の隠れ蓑としてすら役に立たなくなったサザーランドに、ランスロットは激しい怒りをぶつけていた。そして再び演説を始めようとしたが、それは駆け付けたウィルによって阻止された。
「無駄だ、止せ! 奴ら、完全にイカれちまってらぁ」
「無駄なもんか! 話せばきっと……」
そこまで言い掛けた時、ランスロットは金縛りにあったように身動きを封じられた。見ると7名すべてのプレイアデスが集結し、彼を取り囲んでいた。
「母さん! これは一体どういう事なの!? 今は民を鎮めないと!」
「御免なさい、ランスロット。お父様がお呼びなの」
「お祖父様が?」
この非常時に何を、と憤慨するランスロットを、プレイアデス達が半ば無理矢理に連れて行った。そしてその後にノアも付いて行った。
(チッ、高々一人の酔っ払いが漏らした戯言ぐらいで、こんなにパニクりやがって、この腐れ外道ども!! どいつもこいつも、考えてる事はテメェの事だけだ! 汚ねぇ、ひたすら汚ねぇぜ!)
ウィルは城門の前に集まった群衆を見て、ふつふつと怒りを燃やしていた。こんな奴らを救う為に、アイツは……と考えると、どうにも収まりがつかないらしい。そして、その頃。街の片隅で、別の災いの種がヴェールを脱いでいた。
**********
「さあ、試してごらんなさい。この薬を一滴たらすだけで、蟲になった人も元通りになりますから」
「えぇ? アレは神の血にしか無い効能の筈だろ?」
「毒が原因で蟲になるなら、解毒剤を作れば良い。そして私はそれに成功したのです」
裏通りの一角で、全身をローブで覆い隠し、更に顔もマスクで隠した怪しい男が露店を広げていた。だが、道行く者は皆、男の風体とその薬の胡散臭さにあからさまな嫌悪感を抱き、敬遠していた。
「やれやれ、信じられませんか。仕方ない……そこのお兄さん、ちょっと」
「な、何だよ、急いでんだよ!」
「いいから……」
ローブの男が、捕まえた通行人の顔に布を当てると、その男はその場で蟲化した! しかも、信じられないスピードで、だ。そして男は悲鳴を上げて逃げ惑う通行人を引き留め、瓶の薬を一滴、その蟲に垂らしてみせた。すると……
「……あ、あれ? オレ今、どうなったんだ!?」
唖然……とした顔で、通行人たちはローブの男に注目した。何で、蟲化と浄化を一遍に出来るんだ!? と。
「何で、って? それは……簡単な事ですよ……ふふふふふふ……ハアッハッハッハ!! この星に蔓延している蟲化の毒は、この俺が造ったものなんだからなぁ!! 毒と解毒剤、同時に造れて当たり前だろう!? アーッハッハッハッハ!!」
高らかに笑うと、男は全身を覆っていたローブを脱ぎ捨て、マスクを取って素顔を晒した。すると……青い肌に鱗を持った、赤い目の怪物がそこに現われたではないか!!
「さあ、市民諸君! この私に付いて安全を保障されるか、神の血とやらに縋って恐怖と戦うか! どちらを選ぶかね!?」
そう叫び、怪物は上衣を突き破って現われた翼を展開し、空高く舞い上がって行った。その模様は無論、王宮からも観察する事が出来た。王宮を取り囲んでいた群衆も、城門を死守する衛兵も、皆がその姿に驚き、身を竦ませていた。が、只一人。皆と異なる反応を示す者が居た。
「そ、そんな……あれは……」
「あ? どうした嬢ちゃん、あの化け物に見覚えでもあんのか?」
「あっ、兄上……どうして!?」
「なっ……!?」
……意外過ぎる展開に、流石のウィルも言葉を失うのだった……
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