§6

 翌日。ランスロットとエトワールの二人はとても気まずい雰囲気の中で朝の挨拶を交わした。ランスロットにはエトワールの裸身を見てしまった記憶が、エトワールにはランスロットの体の一部分をまじまじと観察してしまった罪悪感が、それぞれにあったからである。

「……何処まで、覚えてる?」

「わっ、私に訊くな……で、デリカシーの無い奴だな、そなたは」

 そんな事を呟きながら歩いていると、前方からウィルが手を振りながら向かって来るのが見えた。二人は平静を装い、その場をやり過ごそうとした。が、紅潮した頬はどうあっても隠しようがなく、ウィルの目にその態度は却って怪しく見えていた。

「おう、どうした? 朝っぱらから顔赤くして。さては嬢ちゃん、コイツの寝覚めを見ちまったのか? アレは男の生理現象だ、他意はないから大目に見てやんな」

「ちっ、違う! 確かに近い物はあるが、断じてそのような……」

「ちょ、エト! それじゃ見たって言ってるような……あ」

 エトワールは焦って真実を隠そうとすればするほど、どんどん墓穴を掘り下げて行った。そしてそれを抑止しようとするランスロットのフォローが、更に拍車を掛け……もはやどうしようもない状態になってしまっていた。単なる事故、二人とも清廉潔白であるにも拘らず、である。

「え? ……おいおい、二人とも! いつの間にオトナの階段昇っちまったんだ!?」

「ちっ、違うってば!」

「隠すな隠すな、隠しても無駄だ。この俺に誤魔化しは……」

「……それ以上口にしたら、そなたの額に風穴が開くぞ?」

 シャキっ、とボルトを引く音がウィルの耳に届いた。光線銃ではなく実体弾を用いる辺りに、エトワールの激しい怒りが感じ取れた。

「わ、分かった、もう言わねぇ。だからその物騒なモン、早く仕舞ってくれ」

「他の者に吹聴したのが分かっても同じ事だぞ、ウィルフレッド」

「し、信じろよ! お、おいランス、お前からも何とか言って……」

「僕たちに疚しい事は何もないんだよ? ウィル」

 ランスロットもにこやかな顔に青筋を浮かべ、その手を護身用の短剣に掛けていた。彼が此処まで怒るとは……これは本気だ! と戦慄したウィルは、その場で一枚の紙を取り出し、その日の日付と『約束は守る』という文句をサラサラと書き入れ、ナイフで指先に傷を付けて血判を押し、それをランスロットに手渡して逃げて行った。

「黙ってると思う?」

「彼の善意次第、だろうな。まぁ、私たちに疚しい所は何もないのだ。堂々としていれば良い」

「そうだね。意識するから、その……」

「……振り出しに戻してどうする、愚か者」

「ゴメン……」

 再び頬を紅潮させてしまった二人は、暫くその場を動けなかった。しかし二人が再び落ち着きを取り戻して歩き出すまでの間、何故かそこに誰も通り掛からなかった。が、廊下の向こうには、必死に通せんぼをしているウィルの姿があったという。


**********


 軽やかな蹄の音を立て、馬車が街を駆け抜けた。乗っているのはランスロットとエトワールの二人である。なお、王室関係の要人が乗車する場合が多いので、キャビン内の会話は御者には聞こえない仕掛けになっていた。

「エトの説明通りに造られたなら、かなりの高性能銃になっている筈だね」

「まあ、火薬式の弾丸専用だがな。その代わり、特殊な弾丸も装填できるよう配慮がしてある」

「特殊な……?」

「まぁ、着いてからのお楽しみだ」

 ニッコリ笑いながら、エトワールは答えを敢えて伏せた。その悪戯っぽい笑みに、ランスロットは胸をグッと掴まれるような感覚を覚え、思わず赤面してしまった。

(一体どうしたんだ僕は? 暫くマムシ食べるの止めた方が良いのかな? でも最近、血を抜かれる量が多くなってる気がするし。それに、この興奮は血の気の所為じゃない。僕はもしかして……)

 ランスロットはチラリと、エトワールの方を見た。彼女は窓の外に目線を向け、此方を向いてはいない。だが、その横顔を見ただけでも心臓がドキドキと鼓動を早めるのが分かった。

(もし、そうだとしても……それは僕には許されないんだ。僕には僕にしか出来ない、大事な使命がある。それに、彼女ほどの美少女に、僕では釣り合わない。黙っていよう……そうすれば、何の問題も無い筈だ)

 その台詞を胸に仕舞い込み、ランスロットは手紙に目を落とした。そこには完成した銃の主な仕様が明記されていたが、実際に現物を見てみない事には想像が付かない。戦いは好きではない、銃で何を撃つかと問われれば明確に答える自信もない。だが身を守る為の装備の必要性は、先日の戦いで良く分かっていた。まず我が身を守れなければ、大事な物を護る事も出来ないのだという事が……

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