§4
「わぁ、美味しそうだね。初めて見るけど、何ていう料理なんだい?」
「き、聞いて驚かないでくれ。それと、これは悪戯や冗談ではない、真剣に作ったものなのだ。先ずそれを頭に置いてくれ」
「……か、覚悟が必要な食材なのかな?」
「少なくとも、常食している者は居ないだろうな……これはマムシだ」
「……!! ま、マムシって、あの!?」
想像通りのリアクションであった。しかし、驚くなと言う方が無理であろう。何しろ、その被害の方が広く知られ、ウーノに於いては食用として利用する者は殆ど居ない生き物である。
「ウ、ウィルフレッドに聞いたのだ。これの肉を喰い、血を飲む事で回復が早まると……」
「ウィルが?」
成る程、ウィルならば野生の生き物を捌いて食べる事にも慣れている筈。その彼が勧めた物なら、少なくとも危険は無いだろう……と、ランスロットは皿に乗ったそれをじっと見据え、クンクンと香りを嗅いでみた。
「一所懸命、作ったのだ。騙されたと思って……ひ、一口だけでも良いから……」
そう言って食い下がるエトワールの手には、無数の切り傷が刻まれていた。慣れぬ手つきで、懸命に包丁と格闘したのだろう。
「……初めて食べるから、少し勇気が要るけれど……」
ランスロットはその身にナイフを入れ、フォークで刺してまず一口食べてみた。エトワールはその様を、ハラハラしながら見ていたが……
「ふぅん……独特の香りがあるけれど、不味くは無いよ。いや、むしろ食べ慣れたら美味しいかも」
「ほ、本当か!?」
ぱぁっと明るい顔になり、エトワールは思わずランスロットの手を握って喜んだ。よほど嬉しかったのだろう。
「うん、本当にいけるよ。一口食べてみるかい?」
「そ、そうだな……では失礼して」
ランスロットからナイフとフォークを受け取ると、エトワールもその身を一口食べてみた。率直に言えば、一口めで『美味い』という感想の出る味ではない。が、それを『慣れれば美味しい』と表現してくれたランスロットの優しさに、彼女は改めて心を掴まれていたのだった。
「じゃ、冷めないうちに食べちゃおうかな。ナイフとフォークを返してくれないか?」
「あ、あぁ、すまな……!! こ、このフォーク、今そなたが口にした……わ、私はなんと破廉恥な!」
「お、大袈裟だよエトワール。確かに、あまり行儀の良い事では無いけどね……じゃあ、今のは二人の秘密って事に、ね?」
「……あ、ああ。助かる」
皿の脇に添えられた血のトマトジュース割りと張り合う事が出来そうな程に、エトワールの頬は紅潮していた。興奮しすぎて、逆に彼女が鼻血を出してしまうのではないかという程に。
そして、この献立を手始めとして、滋養に良い物を次々に考案したエトワールと調理場スタッフの熱意が実を結んだか、彼は恐ろしい速度で回復に至った。何と、あれだけの重傷を約半月で全快してしまったのだ。
**********
「ほう、ランスロットが回復したと申すか」
「ハッ、何でも特別料理を作らせ、それを食して回復を早めたとか」
「ふぅむ……何を食べたかはどうでも良い、即刻採血を再開するのだ。量を今までよりも増やしてな。あの失血をこの短期間で回復させるメニューがあるのだろう? ならば少々多めに採っても大丈夫な筈だ」
「……御意に」
ランスロットの回復を耳にしたサザーランドの目が怪しく光った。しかも、容易に増血できる手段が確立されたのなら、文字通り採取の量を増加させても大丈夫であろうと目論んだのである。
(……このお人には、本当に人間の血が流れているのか……おいたわしや、ランスロット様!)
従者はその心の内を読まれぬよう、俯いたまま唇を噛んだ。そして彼は下命された採血の為、ランスロットを医務室へと呼び寄せるが……従者の間での、サザーランドへの不信は日に日に強くなっていくのだった。
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