§3
その頃、ランスロットの元に一通の手紙が届いていた。差出人は、いつぞや拳銃を発注した工房の主人であった。
「そうか、出来たのか……直ぐにでも取りに行きたいけど、この身体じゃなぁ……」
グッと手を握り締めてはパッと放し、を繰り返して指の動き方を確認するも、どうも芳しくない。やはり決定的に血が足りないのだ。
人体の構造的に、400㏄の血液を喪失した際の回復に3~4週間は掛かるものである。それを彼の場合、体内の血液を全体の半分近く一気に放出してしまったのだ。ウィルの言ではないが、これが人間であれば当に致死量である。半神の体を持つ彼だからこそ、生きていられるのだ。
更に、宗教上の問題や彼の血液が特別なものであるという事もあり、輸血による増血は望めない。そう云う理由がある以上、自然に体内で血が作られるのを待つしかない。これは、如何に神の力を持つ彼としても、どうにもならない事だったのだ。
「待つしかない、か……」
頬を撫でる風をその身に感じながら、各地に散って頑張っているプレイアデス達の事を案じ、ランスロットは一刻も早い回復を心から望んでいた。
**********
「ほ、本当に……獲って来られたのですか!?」
「ああ。事の真偽を問うている暇は無い、兎に角可能性のある事を一所懸命にやるだけだ」
エトワールの持っている皮製の袋の中には、マムシが山ほど詰まっていた。ただ、獲って来たは良いが、調理法を知らないので、彼女はやむなく此処――調理場へそれを持ち込んだという訳である。
「……負けました、エトワール殿。私どもも蛇を捌いた事はありませんが、可能な限り協力しましょう」
「助かる!」
「しかし、私どもはその毒牙に掛かれば命が危うい。まず、毒の除去から掛かっていただけると助かるのですが」
「任せておけ。確か奴は、頭を先に落とせと言っていたな」
言いながら、エトワールはまず一匹のマムシを鷲掴みにして袋から取り出し、ボウルを下に置いて血が一滴でも無駄に流れ出ないよう配慮してから、サバイバルナイフでその頭を胴体から切り離した。鮮血が滴り落ち、ボウルに溜まって行った。
「この牙に、毒がある訳だな。なら、頭部から出る血は混ぜない方が良いかな?」
「賛成です。しかし、見ていて気持ちの良い物ではありませんな」
「ふむ……頭を落とされてもなお生きているとは、凄い生命力だ。これは効きそうだぞ」
やがて血が垂れなくなるが、それでもマムシは勢い良く動いていた。これが動かなくなるまで待つ訳にもいかないので、まず首に近い胴体部分をアイスピックで刺し、皮を剥いで腹を真っ二つに裂き、内臓を取り出した。そして体表と腹腔を綺麗に洗い、体内の寄生虫などを完全に取り除いた。この過程は料理長が行ったが、あくまでも手本を示すという意味合いであり、あとは自分でやると約束しての事であった。なお、この過程が終了してもマムシはピクピクと動いていた。
「これが肝臓です。それと、これが心臓ですね。騎士団長は言い漏らしたようですが、この二つの臓器はどの動物にも共通して、滋養に良いとされています」
「ふむ、ふむ……」
真剣にメモを取り、エトワールは料理長の手さばきを観察した。彼女はまさに必死だった。ランスロットに回復して貰い、再び血を提供して蟲化の抑止に協力して欲しい……そう願っている訳では無い。彼女は純粋に、彼の健康を願ってこの調理を買って出たのだ。
「ウナギ、という魚が居りますが。これと同じ要領で串を打ってみましょう。こうして身を広げた方が、スパイスの乗りも良い筈です」
「賛成だ、それに見た目も良い」
そうしてマムシは、次第に料理としての体裁が整い、生きている時のグロテスクさが消えていった。これならば抵抗なく食べて貰えるだろう……エトワールは目を輝かせながら、下ごしらえの進むマムシを眺めていた。なお、骨も取らずに砕いて食すとカルシウムも摂れて良い、と云うのはウィルの言であった。尤も、骨は柔らかいので慣れれば砕かなくてもバリバリと食せるそうなのであるが、初心者相手なのでまずは食べやすいように、と云うのが料理長との共通した見解であった。
「料理長、肝はこの程度の焼き加減で如何でしょう?」
「上出来だ、胡椒を利かせれば臭みも消せる。ただ……」
「ただ……何だ?」
「これを、何の料理と言ってお出しすれば良いのでしょう?」
ハッ、とエトワールは息を呑んだ。確かに滋養には良いし毒も抜いたので危険は無い。しかし元が毒蛇と分かって、彼はこれを食べてくれるだろうか……そこが心配になった。しかし、他の食材と偽って食卓に並べるのは卑怯だ、という考えが彼女にはあった。
「……正直に、マムシを調理したものと言って、私が提供しよう。言い出したのは私なのだから」
「お強いお方だ……」
料理長は心からエトワールの決心に感服していた。そして、捌くところから串、焼きと、細かくレクチャーされたエトワールは、遂に自力で調理を完成させるに至ったのである。元々サバイバルに慣れていた事も手伝っての事ではあるが、この上達ぶりは見事であった。
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