§2

 エトワールがランスロットの為に何か飲み物を……と考え、厨房まで来てみると、何故かそこにウィルが居た。彼はどうやらこれから市内巡回に出るらしいのだが、小腹が減るので何か弁当になる物をと頼みに来ていたようだ。

「困りますよ、騎士団長。貴方だけを特別扱いしたら、他の者への示しがつかなくなってしまいます」

「そこを曲げて! パン一切れ、チーズ一かけらでも良いんだ。頼むよ」

「やれやれ、大の男がおやつを強請りに来ているのか。まるで子供だな」

「そういうオメェさんは、何なんだよ?」

 膨れ面を作るウィルに、エトワールは『私はランスロットの遣いで、飲み物を所望しに来たのだ』と胸を張って答えた。そして彼女は料理長に、ジュースが良いか茶が良いかを相談していたが……やがてハッと思いついたように相談の趣向を切り替えた。

「料理長、彼はいま極度の貧血で、起き上がる事も出来ない状態だ。早く回復させる為の料理を考えてはくれないか?」

「うーん……私どもも、考え付く限りの栄養食をお出ししては居るのですが……そうだ、そういう事こそ騎士団長の方がお詳しいのでは?」

 へ? と、唐突に話を振られたウィルは狼狽した。彼は丁度、コッソリとハムの切れ端をナイフで削っていた所だったので、余計に驚いてしまったようだ。

「な、何だって? わりぃ、聞いてなかった」

「だから、手早く血を増やす献立は何が良いか、それを相談していたのだ」

 削り取ったハムの切れ端を布に包んでポケットに仕舞うと、ウィルはエヘンと咳払いを一つして、暫く考えていた。が、やがて『うん』と頷き、回答を始めた。

「薬効成分のある物は色々とあるが、その中から一つ選ぶとしたら、俺のおススメはマムシだな」

「マムシ? あの山の中に居る毒蛇か?」

 そうだ、とウィルは自信たっぷりに答えた。それを聞いていた調理師たちは、とてもテーブルには並べられないな……と顔を青くしながら、そのやり取りを聞いていた。

「これの生き血を飲んで、肉は串に打って丸焼きにして喰うんだ。あ、肝は捨てるなよ。これも丸焼きにして皿に添えるんだ、これが効くんだぜ」

「ふむ、ふむ……」

「ただ頭と、肝以外の内臓は丁寧に切り取って捨てろよ。ご存じの通り毒があるからな。あと血は見た目がアレで、初心者にはハードル高いからな。トマトジュースで割ると飲みやすいぜ」

「な、なるほど……血を増やすには、血を飲めば良いという訳だな! 有難う!」

 メモを取り終わったエトワールは、パッと明るい表情を浮かべ、ウィルに礼を言った。そして踵を返し、駆け足で厨房を出て行く彼女の後姿を、その場に残されたウィルたちは唖然としながら見送っていた。が……

「騎士団長、生き血を利用するのなら、何もマムシなどでなくとも……海亀などを上手く調理すれば同じ効果が得られます」

「今、それを獲って来れる奴が生き残ってるか? 漁師だって怖がって海に潜らないご時世だぜ」

「それは……ご尤もで」

 兎に角、あの嬢ちゃんがランスの為に何かしてやろうってんだ。黙って見守ろうぜ――とウィルは強引に場を締めた。そして、ランスロットの部屋にはさっきの話に因んで、メイドがレモンを絞ったトマトジュースを持って行く事になった。

 そして、くすねた弁当をポケットに仕舞い、してやったりと思いながら出動の支度を整えるウィルに、ノアが話し掛けた。

「ウィル? 確かに生き血を飲むのは滋養に良いと聞きますが、ちょっと方向性が違っている気が……」

「行き付く先は一緒さ、俺とは用途が違うけどな」

「……貴方はどのように利用しているの?」

 ジト目になったノアが、ウィルに詰め寄った。このようなリアクションには慣れていないので、流石の彼も慌てたらしい。

「いっ!? あ、いや、それは、その……そ、そう! メチャクチャ疲れた時にこれを喰うと、一晩で回復できるんだ! 貧血なんか、一発で治っちまうぜ」

「そうだったの! ならば安心ね、良かったわ。いやらしい事を考えているのではないかと、少し心配だったの」

「ん? いやらしい事? 何に使うと思ったんだ?」

「……! し、知りません!」

 形勢逆転、今度はノアが言葉を濁す番となった。そのとき彼女は『私とした事が、何とはしたない!』と赤面していたようである。

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