第六章 招かれざる客(前編)

§1

「よーお、どうだ具合は」

「どうだも何も……怪我は掠り傷程度のものだし、失血さえ何とかなれば直ぐにでも起きられるんだよ。なのに何なの? この厳重な警護は」

 あれから5日が経過していた。未だ病床にあるランスロットだったが、怪我は既に回復しているし、これ以上の失血にさえ気を付けていれば大丈夫なのだから、入院の必要なんか無いのに……と、些か不服なようである。

「しかしまぁ……あれだけ怒らせたのに、まーだ大事にされてんだからなぁ。流石だよ」

「その『流石』って、どういう意味?」

 ランスロットは口許を引きつらせ、あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべた。然もありなん、彼は国王をあれだけ怒らせ、多くの近衛兵を路頭に迷わせる原因になった張本人だというのに、こうして保護され手厚く看護を受けている。これは、まだ彼が『商品として』重用されている証拠に他ならない。それが気に食わないのである。

「怒んなよ、興奮すると傷口が開いちまうぞ」

「そんなに酷い怪我じゃないよ! 大体……」

 ランスロットはガバッと上体を起こし、ウィルに食って掛かろうとした。が、やはりまだ大量失血は癒えていなかった。ありていに言えば、血が足りないのだ。そんな状態で無理に起きようとしたものだから、堪らない。目が回り、気分が悪くなって、直ぐにバタッと倒れてしまった。

「それの何処が重患じゃないって?」

「……くぅ……情けない、たったあれだけの事で」

「あれだけって、オメェ……人間だったらとっくに死んでるぞ、あの出血量は! 街全体をほぼ網羅する範囲を浄化しちまったんだ、それもたった一人で! 挙句、直後にアレだ。オメェの頭ん中、一度覗いてみたいね俺は!」

 ウィルは考え付く限りの文句を立て並べ、完全にランスロットを黙らせた。その言をモロに受け、ランスロットは自らの不甲斐なさを嘆いて目に涙を浮かべてしまった。

「言い過ぎだぞ、ウィルフレッド。それではあんまりだ」

「このぐらいで丁度良いんだよ、この馬鹿にはな。ま、もうちょい大人しくしてろ。最近はどういう訳か蟲どもも大人しいからな、巡回も楽なもんだぜ……じゃあな嬢ちゃん、その馬鹿をしっかり見張ってろよ!」

「エトワールだ、何度言わせる!」

 その声を背で受けて、ハハハと高笑いしながらウィルは退室して行った。後に残されたエトワールは、自分に背を向けて涙を堪えているランスロットの肩にそっと手を添え、静かに一言囁いた。

「奴も、強がってはいるが……本当はそなたを気遣っているのだ。ただ、私と同じで、不器用らしいからな。上手い励まし方が分からないのだろう。ま、大目に見てやれ」

「……分かっているよ、エトワール。長い付き合いだもの」

 その呟きを、エトワールは『長い付き合い、か』と心の中で反芻した。彼の人生はこれから半永久的に続きはするのだろうが、実際に生きてきた年数はたかだか17年。ウィルにしたって24年しか経過していないのだ。反して、自分はどうだ……? と、彼女は考え直してみた。

 16歳の時に改造手術を受け、それ以降、1000年以上に及ぶ人生の大半は宇宙船の中での生活であり、後はひたすら歩き続けた記憶しかない。ウーノに来てから出会った人間は沢山いるが、その殆どは既に故人となっている。存命中の者との再会を望んでも、全く変化していない自分の姿に驚き、忌避されるのがオチであろう。常に同じ立ち位置から、皆を見送るだけの人生……それを鑑みて、彼女は空虚に過ぎる自分の心が、酷く悲しいものである事を自覚した。

「置いて行かれているのは、私……か」

「え?」

「あ、いや……何でもない。喉が渇いたろう、何か貰って来てやる」

「……? そっちは出口じゃあ……どうしたんだ? 彼女まで」

 思い出して、胸が切なくなったのだろう。エトワールは慌てて退室し、今度は自分が涙を流していた。止まらぬ心臓、永遠に終わらぬ命……そんな自分が悲しくなって。

(私の旅路は……いつ、誰が終わらせてくれるのだ……何処に行き着けばいいのだ……教えてくれ、ランスロット……)

 エトワールは両手で顔を覆い、その場に蹲った。そこが隣室――自分の部屋である事が、彼女にとって幸いした。その涙を、誰にも見られたく無かったから……

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