§7
「……ここは?」
「少なくとも、天国じゃあねぇな。地獄でもねぇがよ……いや、地獄の方がまだマシかぁ?」
「ウィル……良かった、血を使って貰えたんだね」
「こ・の……アホたれ! あんな蟲ケラ助けて、テメェがボロボロになってちゃ仕方ねぇだろ!!」
ゴン! と云う鈍い響きが脳天に炸裂したかと思うと、やや遅れて激痛が走った。痛いという事は……自分はまだ生きているという事である。
「ハハ、相変わらずだねウィル。一度蟲になったって聞いたから、少しは大人しくなったかと思ってたけど」
「バカか! 逆に憎さ百倍よ! この俺様を蟲ケラなんぞにしやがって、許せねぇ!」
「……エトワールは?」
「さっきまで、オメェの枕元でワンワン泣いてたぜ。泣き疲れて、眠っちまったがな」
「そうか……心配、掛けちゃったんだな」
ウィルが後ろ手に指差したその先では、彼の言う通りエトワールがソファに横たわり、毛布を掛けられていた。その姿を見てランスロットは『ゴメンね、エト』と小さな声で詫びた。そして『僕には、まだやる事がある』と言って立ち上がり、ふらつく足取りで王の間へと向かおうとした。
「バカ! まだ無理だ、あんなに血をばら撒いた直後なんだぞ!」
「……だからだよ。陛下はきっとお怒りだ。民にその罰が行く前に、僕が止めなくちゃ……」
「何で……何でそこまでするんだよ、オメェは!」
「彼らには、生きる権利が……僕らには、守る義務があるんだ……それを、忘れちゃあ……いけない……」
極度の失血状態であった為に顔面は蒼白く、歩く足取りも怪しい。それでもランスロットは身体を引き摺るようにして王の間へと向かおうとした。そんな彼の心根を、ウィルはまだ理解できなかった。しかし……
「コケて鼻血でも出したら、マジで死んじまうかも知れねぇからな。貸しにしとくぜ、これで貸し2だ」
「ハハ……計算間違ってるよ。蟲化したのを治してあげたんだから、貸しは1の筈だ」
「チッ、誤魔化せなかったか。流石は半分神様だぜ」
ウィルの肩を借りて、ランスロットは漸く立ち上がり、フラフラした足取りで王の間へと向かった。その扉を守護する近衛兵も、流石に彼の行く脚を止めはしなかった。
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ボロボロの身体で何とかその面前に跪き、血液の無断放出と不在期間の詫びを告げるランスロットに、サザーランドは遠慮のない罵声を浴びせ、その身体を杖で叩くという暴挙に出た。
「この、愚か者があぁぁ!! そちは自分の責務を何と心得るか!!」
「責務を理解していればこその、あの措置だったのです……非常時ゆえ、お許可を取る時間がありませんでしたが……あの場合は……」
「黙れ、黙れ黙れ黙れえぃ! 誰が血を流して良いと言った!? 誰が虫ケラのような雑兵や市民の為に血を使えと言った! そちの血は王族・貴族のための物! 一滴たりとも無駄に流す事は許さん!!」
「陛下……如何な貴方であっても、今のお言葉は無視できません! 命の重さに、位の高さは関係ない筈です!!」
「黙らんかぁ!!」
力任せに振り下ろしたその杖が、ランスロットの肩を直撃した。激痛に耐えかねた彼は遂に倒れたが、それでもサザーランドに異議を申し立てていた。
「陛下……私は貴方の実子であると同時に、女神ノアの実子……その行動理念は、母上の……遺志に近い物があるという事を、お忘れなきよう……」
「クッ……もう良い、下がれ!」
しかし、跪いているだけでもやっとの状態であったランスロットに、歩く力など残されてはいなかった。土台、この報告の為に此処までやって来る事自体、無茶だったのである。
「えぇい、早く下がらぬか! 目障りだ!」
更に一撃、杖がランスロットの体めがけて振り下ろされた。が、その杖は傷付いた彼を直撃する事なく、寸前で阻止された。
「冗談じゃない、それが命懸けで皆を護った英雄に対する態度ですか!」
そう言ってランスロットに肩を貸したのは、名も知らぬ衛兵だった。常に王の直衛に付き、片時もその傍を離れる事を許されない筈の彼が、進んで王の傍を離れてランスロットの側に付いたのである。
「ま、待たんか! こっ、近衛兵! 奴を捕えよ! 反逆罪である! 即刻捕えるのだ!」
……しかし、玉座の左右を固める近衛兵も頑として動かず、誰もその行動を止める者は居なかった。
その数日後、王室直属の近衛兵団に大きな人事異動があったという話が伝わったが、その措置に不服を持つ者は誰一人として居なかったと云う事であった。
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