§6

「な、何が起こったのだ……?」

「蟲の勢いが、衰えていく……」

 プレイアデスの祈りが、効果を発揮し出したのだ。既に蟲化した個体の浄化は無理であったが、非感染者の汚染は食い止める事が出来る為、新たな蟲の出現と感染者の介錯がほぼ同数に落ち着いたので、その出現率も頭打ちになっていたのだ。

 ランスロットが不在となってから、プレイアデスが到着するまでの2ヶ月の間に、人類の蟲化は加速度的に増え、遂に王宮騎士にまでその被害は波及していた。ウィルもその例外ではなく、善戦空しく蟲化していた。但し、彼が変化した個体はエトワールが捕獲し、城内の地下牢に虜にしてあったので無事ではあったが……それでも被害規模は甚大なものであり、街の住民は殆ど全滅したと言って良かった。

「クッ……キリが無い!」

「……!! エトワール殿! 後ろです!」

「なっ!?」

 ハーフブラスターを片方ランスロットに貸与している所為で、戦力が半減しているエトワールも苦戦を強いられていた。無論、全力を出せる状態であっても焼け石に水であろうが……この場合は銃弾一発でも余分に欲しい所だったので、その損失は大きな痛手となっていた。そして前方の防衛に気を取られたその刹那、遂にエトワールも至近距離まで迫った蟲に背後を取られてその横腹を狙われ、防備も間に合わない状態になった。彼女は感染こそしないが、怪我によるダメージは負う。増して機械化された個所を損じれば、ウーノの科学力で彼女を蘇生する事は出来ない。まさに絶体絶命、と思われたが……

「……? ダメージを受けていない?」

「やあ、エトワール……凄い事になっちゃってるみたい……だ、ね」

「……!! ラ、ランス……そなた!!」

 無防備となったエトワールの背後を護ったのは、何とランスロットであった。彼は丁度、彼女の後方約100メートルの地点に出現し、迫る蟲の行動パターンを読んでダッシュを掛けた、という訳である。

「な、何故ブラスターで狙撃しなかったのだ! 自らダメージを受けてまで……」

「か……彼らは、僕の血で……元に戻るんだ……彼らの、生きる権利を……僕たちが摘み取っては……いけない……!」

 ランスロットは左腕を盾にして、蟲の毒針を防いでいたのだった。そして毒針が貫通した腕からは、ポタリ、ポタリと鮮血が滴っていた。

「この血……一滴たりとも、無駄にはしない!!」

 キッと空を見上げ、ランスロットは毒針を引き抜いた。血を浴びたその蟲は見る間に人間の姿に戻って行った。

「……ね? この通り……彼らは蟲じゃない、人間なんだ。殺しちゃ……いけない!」

 刹那、ランスロットの背中から光り輝く一対の翼が上衣を破って飛び出し、まるで獣神ヴァルキリーのように空高く舞い上がって行った。そして、嘗て彼の母ノアが行ったように、彼も自らの血を金色の風に乗せて散布し始めた。すると、見る間に城の周囲を覆っていた蟲たちが元の姿に戻って行った。やがて目の届く範囲の蟲を全て浄化したと確信したランスロットは、力尽きたかのようにフワフワと落下して来た。

「ランスロット様!!」

「早く医者を!!」

「ぼ、僕の事より……ウィルは? 彼は無事……カハッ!」

「隊長は、善戦空しく被災して……しかしエトワール殿が捕獲、地下に!」

「……ほら、まだ傷は塞がっていない……血が勿体無いよ。この血を……ウィルに……」

 次第に薄れていく意識の中で、ランスロットは必死に親友の身を案じていた。そして『頂戴しました! 早くこのアンプルを!』という声を聞き、フッと安心したかのように目を閉じて……刹那、意識を失った。

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