§5

「しかしランスロットよ、解せぬ。そなたは何故、あのような下賤なる者を庇い立てするか?」

「それは……彼の庇護の元でなければ、私は群衆に襲われて、血の一滴も残らず吸い尽くされてしまう事となるでしょう。その実質がどうであれ、絶対的な支配は私自身を守る為にも必要なので御座います」

「むぅ……!」

 成る程、そういう事であったか……と、ガイアは唸りを上げた。傍らのオーケアノスもまた然り。ノアが見せてしまった神の血の威力は人々の記憶に深く留まり、語り継がれて来た。そして、その息子ランスロットも同じ力を持つ事は、貴族階級の者の口から庶民に広まり、もはや知らぬ者は居ない状態。これでは王の支配権を離れてしまったが最後、ランスロットは自らが言う通り、骨の髄までしゃぶり尽くされてしまうだろう。

「……ここ、エレクティオンで生涯を過ごすつもりは無いのか?」

「それでは、私の親友を裏切り、罪なき民を見捨てる事になります。無論、私一人の力で全ての民を救う事は出来ないでしょう。それは分かっているのです。しかし一人でも多くの民を救いたい……矛盾した希望ではありますが、私はこれを叶えたいのです」

 これが、ランスロットの偽らぬ本音であった。全ての人類を救う事は無理だと分かってはいるが、出来るだけ長く、出来るだけ多くの民に生き続けて欲しい……そう彼は願っていたのだ。

「せめて、あの毒物の正体さえ分かれば……」

「いや、似たような例を見た事はあるのだ。だが、あれはウーノより遥か遠く離れた僻地での事故、しかも民が蟲化する事など無く全ての生命が死滅したのだ。ウーノのそれとは似て非なる物……」

「……ノーヴェでの、バイオハザードの事でしょうか?」

「な、何故それを!?」

 驚くガイアにランスロットは、壊滅状態となったノーヴェから脱出し、ウーノに辿り着いた少女の話を説いて聞かせた。彼女が永遠に止まる事の無い心臓と、侵される事の無い細胞を持っている事も全て含めて。

「何と……生き残りの者が居ったと申すか!」

「しかし、人の身でありながら、死する事の出来ぬ体を持つとは……何と不幸な」

 オーケアノスの漏らした一言は、ランスロットの胸に深く突き刺さった。そう……彼女はずっと孤独に耐え、長い旅路の末に漸く辿り着いたウーノと云う星で蟲化の惨劇を目の当たりにし、それと戦う事になったのだ。事情は違えど、同じく半永久的に生きられる身の者として、何とか彼女の力になりたい……彼は、そう考え始めていたのだ。

 神々のように、大いなる使命を持ち永遠に生き続ける必要のある者とは違い、人間は天寿を全うして生命活動を終わらせる程度でその精神力も限界に達する。自身が如何に長く生き長らえようとも、自分と共に生きる者の死に様を次々に見せられたのでは、いつかその心は限界を超えて、ついには狂人と化してしまうだろう。

 彼女――エトワールは既に千年以上を生き続けた人智を超える存在。しかしその心の渇きは限界に近い筈だ。生命の息吹を求めて故郷を捨て、果て無き旅を続けてきた彼女の為にもウーノの民を守りたいという考えは、ランスロットの心に楔のように深く食い込んでいたのである。そして彼はここで、一つの案を具申していた。

「ガイア様、これは理想論に過ぎぬ愚案では御座いますが……蟲化した者を浄化するのではなく、感染する前に毒素を打ち消す事は出来ないものでしょうか?」

「む? オーケアノスよ、確かプレイアデスの祈りは、大気を清浄にする効果があったな?」

「仰る通りに御座います。その念が届く範囲、およそウーノの地表の20分の1を一人で支えきれる力が御座います」

「プレイアデスは総勢7名。地表全てを覆う事は出来ぬが、かなりの遅延効果が望める筈じゃな」

「……!! ガイア様!!」

 ……無言ではあったが、ランスロットの目はガイアを捉えて離さなかった。つまり、プレイアデスの力を貸してほしいと彼は切望しているのだ。

「……生きる権利と、生かす義務……か」

「は?」

「……いや、何でも無い。オーケアノス、直ちにプレイアデスを集合させよ。ウーノに向けて飛び立たせるのだ」

「御意に!」

 抜本的な解決にはならない、しかし今はこれが精一杯……ランスロットは己の限界を噛みしめながら、妥協案を受け容れてくれたガイアに心から感謝していた。


**********


「もう、行ってしまうのか」

「時間が切迫しております故。今度また平和になった暁に、お茶を楽しみましょう。お祖父……あ、いや……」

「祖父で良い。ではな……決してその命、粗末にするでないぞ」

「心得て御座います、お祖父様!」

 7名のプレイアデス達を先に見送り、異次元の扉の前に立ちながら、ランスロットはガイアをはじめとする天界での協力者達に深々と礼をしていた。そして踵を返すと、元来た石廊を勢い良く駆け出して行った。左右どちらかに脚を踏み外せば、時空の狭間に捕われて脱出できなくなるリスクは承知の上で、彼は全速力で石廊を駆け抜けた。

(プレイアデス達は、先行してウーノに辿り着いている筈。僕も急がなくちゃ!)

 人界から天界に来る時は、およそ小一時間かけて歩いてやって来た。しかも、かなりゆったりとした速度でだ。しかし今度は神技『神の駆け足』を使い、全速力で走っていた。このペースならば石廊を6分……つまり先刻の10倍の速度で抜けられる筈であった。だがここに『亜空間ドライブ』による時間のズレが発生している事を、ランスロットはまだ知らなかった。彼が体感する1分は、人界に於ける1日に相当する。往路で消費した60分は60日、復路に掛ける6分は6日に相当するのだ。つまり、都合2ヶ月余りの間、留守にしていた事になる。この間に人界では、彼の想像を遥かに越える出来事が起こっていた……

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