§3

「オネイロス様、ランスロット様がお着きになりました」

「入りたまえ」

「…………」

 またも何もない場所で立ち止まり、ナパイアがおもむろに喋り出した。ランスロットはその様を見て、神様たちは良く道に迷わないなぁ……等と、どうでも良い所に感心していた。そして開いた空間に入り込んでいくと、そこは普通の部屋のようであった。ここでランスロットは、天界の建造物は床のみが、各々の部屋に入れば普通に壁や天井が存在……いや、可視化しているのだな、というカラクリに気が付いた。

「彼が?」

「ハイ……オネイロス様、と仰られましたか。女神ノアの息子、ランスロットに御座います」

 跪いて最敬礼をするランスロットに、オネイロスは『私は只の側近に過ぎぬ、礼は不要だ』と短く告げ、部屋の奥へ向かって歩き出した。その様を見て、この先、まだ長い道のりがあるのか? と少々ウンザリしたような表情を浮かべるランスロットの胸中を見透かしたかのように、オネイロスはまたも短く語った。

「心配は不要、ガイア様はこの扉の奥に居られる」

「あ……そうでしたか」

「……ナパイア、どれだけ脅かして来たのだ」

「私は何も……」

 心外な、という顔をしているのだろう。良く気を付けて観察しないと違いが分からないが、微かに眉が吊り上がっていた。このナパイアと云う女神は、どうも表情に乏しいらしい。しかし彼女の言は正しく、嘘は言っていない。ランスロットが勝手に驚いているだけである。

「まあ、良い。ガイア様がお待ちかねだ、通りたまえ」

「え? 護衛とか見張りとか、要らないんですか?」

「此処を何処だと思っている?」

「……確かに」

 苦笑いを浮かべるランスロットに、フッと微笑みながらオネイロスは言った。『肉親同士の対話に水を差すほど野暮では無い』と。

(肉親……そうか、この扉の向こうに居るのは、母さんの父親。つまり、僕にとっては……)

 今更ながらに気付いた事に、我ながら何と間抜けな……とランスロットは笑った。が、しかし。彼は入室せず、何やら迷っている様子であった。

「どうしたのだ?」

「このドア、ノブが無いです」

「おお、それは失敬。此処では、扉に手を掛けるような真似はしないのでな」

 そう言いつつ、オネイロスが軽く腕を上げ、スッと横に引くような動作をした。先程のナパイアと同じだった。そして扉は開かれ、いよいよ対面となった……が、そこは異界や廊下と同じ、星空が瞬く何もない空間だった。しかし良く見ると、星空の上に椅子とテーブルが置かれ、その向こうに顎鬚を蓄えた白髪の老人が座していた。

「ガイア様……?」

「ランスロットか……良くぞ来た、まあ掛けなさい」

 あまりにも想像とかけ離れたビジュアルに、ランスロットは思わず吐息を漏らした。如何にもな『神様』像を思い浮かべていた彼だが、そこに居るのはまるで近所のお爺さんのような、優しい顔の老人だったのだ。いや、柔和で、且つどっしりと落ち着いたその様は、逆に『これぞ神』と思わせる風貌であった。ただ、目の前のテーブルセットの所為か、どうしても普通の『お爺さん』に見えてしまって仕方が無いのだった。

「ふむ……ノアに似ている。一見優しそうだが、芯は太くしっかりしておる。やはり親子よのう」

「背負っている物が、同じだからでしょう。民を護りたい……その意思を受け継いで、私は育ちましたから」

「……いきなり本題に斬り込みおったか、せっかちな奴じゃな。まずは茶を楽しまぬか。そう肩肘を張ったままでは、話し辛かろうて」

 飽くまで柔和に、且つ、一分の隙も見せない老人に気圧され、彼は言われる通りに席に着くしかなかった。

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