第五章 義務と権利

§1

「お呼び出し、か。まぁ、こんだけメチャクチャやっちまったんだからな、説教の一つもしたくなるだろうさ。神様もよ」

「それは、我々人間の責任ではないと思うが」

 ランスロットの消えたゲートのあった場所を凝視しながら、ウィルとエトワールが一言ずつ呟いた。どちらもしっかりと現実を見据えた上での発言であった……が、一番落ち着くべきである立場の者が、一番取り乱していた。

「何故、私ではなくあの子なの? あの子には何の責任も無いというのに……むしろ裁かれるべきは私、どうして……お父様!」

「落ち着けよ、ノア」

「……何と言っているのだ?」

「何で私じゃないの? だとさ」

 流石のウィルも少々呆れたように、溜息をつきながら端的にノアの言を代弁した。それを聞いたエトワールは『親子だな……』と苦笑いを浮かべた。

「ノア殿、彼には分かっていた筈です。自分が何故呼ばれたのか、自分が何をすべきかを」

「そうだぜノア、ちったぁ奴を信じてやれよ。自分のすべき事、自分にしか出来ない事……それが分かってたから、奴は素直に呼び出しに応じたんだ。それは昔、お前の役目だったんだろうけど、今のお前には出来ねぇんだろ? だから奴なのさ」

「……言いたい事を全て言ってくれたな、良い所を持って行きおって。しかし、そなたも素直では無いな。先刻ゲートが閉じる前に掛けたあの言葉、ランスロットの身を案じての事であろう?」

 エトワールにしては捻りの効いた、実に痛烈な一言がウィルの胸を貫いた。そう、彼女の指摘は見事に的を射ており、図星を衝かれたウィルは俯いて赤面しながら、咳払いをしてその声をかき消そうとした。それが無駄な努力と知りながら……

「……チッ、良いトコ取りの仕返しにしちゃあパンチが利き過ぎだぜ、嬢ちゃん。あぁ、その通りさ。奴がそのまま帰って来なければ、これ以上血を採られる事も無く平穏に過ごせる。相手が神様じゃ、流石の国王も文句は言えねぇだろうしな」

「その通り。蟲の被害は増えて行く事になるだろうが、どっちみち彼一人では全てを解決する事なんて出来はしない。その事はノア殿、貴女が一番よく知っている筈ではないのですか?」

 その表情はエトワールには見えなかったが、まるで金槌で頭を殴られたような感じ……と表現すれば良いだろうか。とにかくショックを隠せない、と云うような顔でノアは固まっていた。この二人は、私の頭の中が見えているの? と言わんばかりに。

「驚く事はねぇだろう、奴の傍に居りゃあ直ぐに考え付く事だぜ」

「……驚いているのか?」

「かなりな」

 やはり親子だ……と、今度はエトワールが声を上げて笑った。その様を見て、逆にウィルが固まってしまった。

「アハハハハ……ここまで似ていると、思考パターンも丸見え……どうしたのだ? 私の顔に何か付いているのか?」

「いや、アンタでもそんなに朗らかに笑う事があるんだなぁ、と思ってな」

「竹の花を見た思いですわ」

「プっ! そりゃあいいや!『竹の花を見たようだ』、だってよ!」

「し、失敬な!」

 今度は一転、エトワールはプゥッと膨れ面を作った。ランスロットの前でも、彼女はこんなに表情豊かな素振りは見せていないだろう。しかし、その話題が途切れると、再び重苦しい空気が場を支配した。遂に神が動いた……その事実は確かであり、ランスロットは連れて行かれてしまった。唯一、蟲化の蔓延を阻止できる存在を、神の側に取られてしまったのである。

「……帰れるのだろうか?」

「知らねぇよ……」

 短いやり取りであったが、そこには万感の思いが込められていた。各々理由は違っていたが、双方とも本心では『帰って来て欲しい』と願っていたのだ。しかし、帰って来ない方が幸せなのかも知れない……そう思うと、天に向かって『ランスを返せ』とは言えないのも、また事実だったのである。

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