§5

「あ、何処へ行っていたんだランス! 探してたんだよ」

「クリス義兄さん! どうしたの? そんな所で」

 城に戻ったランスロットを最初に迎えたのは、城門の処で衛兵と話をしていたランスロットの義兄・クリストファーであった。

 クリストファー・フィン・サザーランド――国王コンラッド・ルーク・サザーランドの実子であり、彼の正妻が生んだ只一人の王子。つまり現国王が崩御した後はその跡を受け継ぎ、新国王となる第一王位継承者候補だ。その第一皇子が無防備にも城門の外で衛兵と話をしていた。これは何とした事だ、と流石のランスロットも慌てて彼を咎めたという訳である。

「兄さん……?」

「あぁ、紹介がまだだったね……って、ゴメン、それどころじゃないんだ。義兄さん、ダメじゃないか。衛士の皆さんも、何故咎めないのです?」

「申し訳ありません! しかし、ランスロット様がお出掛けになったと御説明申し上げたところ、行き先をお尋ねになって……」

「そこまでは伺っていない旨をお伝えしたのですが、信じていただけなかったのです」

 それを聞いて、ランスロットは溜息を吐いた。いつまでも僕を子供扱いするのはやめてよ……という意味合いが、その溜息には含まれていた。

「とにかく、話は中で聞くよ。一緒に行こう」

 そう言って馬車を降り、ランスロット達は城門をその脚で潜った。城壁の内側に入ってしまえば危険は殆ど無いので、衛兵や御者も黙ってその後ろ姿を見送った。


**********


 ランスロットの私室に着くと、二人の義兄弟は我先にと口を開いた。片や『何処へ行っていた』と云う質問、片や『あんな処で何を』という抗議であった。

「義兄さん、僕だってたまには散歩に出たいと思う事があるんだよ」

「もっと自分の立場を自覚するんだ、ランス! お前はいつ命を狙われてもおかしくないんだぞ。気楽に散歩など……」

「失礼。その為に私が護衛に付いております、ご安心を……えっと……」

「クリストファーだ、君は?」

「エトワールと申します。ランスロット様のSPとして本日より着任致しました。お見知り置きを」

 SP!? と、クリスは思わず目を丸くした。然もありなん、屈強な男性ならともかく、このような華奢な少女がそのような荒事をこなせるとは、到底信じられなかったのである。

「その話なら本当ですぜ、クリス様。何なら腕前を見せて貰いますか?」

 割って入ったのはウィルだった。やはり先日の事がまだ尾を引いているのだろうか、目付きは悪く、態度も刺々しいままだ。だが騎士としての職務を忘れた訳では無いらしく、キチッと正装をして出入口のドアを閉めてから話に入っていた。

「ふぅん……見てみたいな、本当にランスを任せて大丈夫なのかどうかをね」

「……国王陛下より、殿下の方が用心深くていらっしゃいますね。陛下は何も言わずに即断で採用を決めて下さいましたが」

「済まないが、僕は自分の身を以て確かめないと、何事も信用できない性質なんだ」

 そのぐらいで丁度いいのですよ……と、エトワールはスカートの裾を押さえながら銃を一丁だけ抜き、窓の外に見える木の枝をブラスターで撃ち落としてみせた。しかも、銃を手に取ってから発射するまでに3秒も掛からない速射で、である。

「い、今の赤い光……さっき見たのと同じだ。じゃあ、あの蟲を撃ち落としたのは……」

「あぁ、あれは殿下でいらっしゃったのですか。弟君を御心配なさる割に、御自分は無防備な事で」

 その言に、クリストファーはキッと目線をきつくしてエトワールを睨んだが、事実であるだけに文句の付けようがなかった。

「クリス様、一本取られましたな」

「クッ……分かった、認める。しかしランス、僕の言い分も覚えておいてくれよ。僕は……父上がそうするように、お前を扱いたくは無いんだ」

「義兄さん、僕だってもう子供じゃないんだ。だからこうして身を守る為の手立ても整えた。過保護は成長を妨げるんだよ」

「……心配ぐらい、させてくれ。他の義弟たちと違って、お前だけは僕を妬んだりしなかった……そう、お前だけはな」

 そう言い残し、クリストファーは退室して行った。結局彼は、ランスロットが城内に居ないと聞いて心配になっただけのようだった。門番の衛兵に食って掛かったのも、恐らくはその真偽を確かめる為であろう。

「やれやれ、義兄さんにも困ったもんだ。ま、他の兄弟……第二皇子以降の義弟たちは僕と同じ妾の子。王位継承権は叔父様や叔母様達より低いんだ。妬まれて当然、寂しいんだろうな」

 同じ妾の子でありながら、国王の実子として扱われている他の王子たちとランスロットの違い……この差は何処から生まれるのだ? とエトワールは不思議に思った。しかし、その疑問はウィルの放った一言で全て解消してしまった。そしてその一言は、彼女の国王に対する憎しみを一層強く燃え上がらせていた。

「ランスはノアの子だからさ。後継者としてじゃなく、商品として大事にされてるだけなのさ」

「……正面切って言われると、あまりいい気分じゃないよウィル。出来れば控えて欲しいな」

「本当の事だろう? 自覚してるくせに、今更何言ってんだよ」

 ウィルは飽くまで斜に構えて、拗ねた態度を取り続けた。その様は傍目にも褒められた物ではなく、そこに居た全員を不機嫌にさせた。唯一、彼の涙を目の当たりにした彼女――ノアを除いて。そして、ランスロットと、彼の睨みを涼しい顔で受け止めるウィルが対峙したその刹那、ドアがノックされて睨み合いに水が入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る