§4
「いきなり銃の台尻で殴るのは酷くない?」
「わ、悪かったとは思っている……しかし、ああいう場合は見ていても見ていない振りをするものだ!」
「じゃあ、言わずにジッと見てれば良かったかい?」
「それはそれで困るが……と、とにかく! そなたはデリカシーが足りん!」
ランスロットは『そりゃあ無いよ』と云った風に膨れ面を作り、こぶの出来た脳天を氷嚢で冷やしていた。ボディーガードに痛い目に遭わされていたのでは話にならないじゃないか、と。
「……それよりエトワール、その銃はどういう仕掛けになっているんだい? 弾丸を発射したようには見えなかったけど」
「ああ、これか? これは……だから抜くところを見るな!」
「今のは不可抗力じゃないか! 見ようと思った訳じゃ無いよ……そ、そんな所に隠してるのが悪いんじゃないか」
「うっ……コホン。これはな、火薬式の弾丸も発射できるが、スイッチの切り替えで熱線を発射する事も出来るようになる拳銃なんだ。光線銃……ノーヴェではそれをブラスターと呼んでいたんだが、それと通常の火薬式拳銃の良い所を取り入れて合成し、更に改良を加えたものでな。名称をハーフブラスターというんだ」
熱線を発射!? そんな事が出来るなんて……と、ランスロットはこぶの痛みも忘れてその構造に興味を示し、自分も欲しいと言いだした。が、ウーノでは到底作れない代物であった上、製造元のノーヴェも壊滅状態とあって、現存するものはこの二丁のみなので、エトワールはどうしても譲る事は出来ないと、申し訳なさそうにその願いを断った。
「まぁ、尤も? 製造されたのは千年以上前の事だし、新式とは言い切れんがな。だがこれの後継機種が出ていない以上、これが最新型という事になるな」
「銃弾に限りは無いの?」
「実体弾は、ここにあるだけしか残っていない。これが予備弾倉なんだが、それぞれに10発ずつ入っていて、20本。つまり、あと200発しか撃てないんだ。けれど、熱線の方は銃身内部で無限に作り出す事が出来る。ただし威力は実体弾に劣るがな」
そして、実体弾は射程が短く長距離からの狙撃は出来ない事、熱線は威力は劣るが射程距離は無限に近い事などを説明され、ランスロットは益々その銃に興味を持った。しかし、エトワールが丁寧に手入れをするその真剣な眼差しを見て、よほど大事な物なのだなと云う事を理解すると、彼はそれ以上物欲しげに眺めるのを止めた。
「火薬式のライフルなら、このウーノにもあるんだけどなぁ」
「あれとは性能が段違いだ。あのライフルはボルトアクション、一回の装填で一発しか撃てない上、どんなに急いでも次弾装填に5秒は掛かる。その点、こちらはオートマチック式なので連射が可能だ」
説明を聞いて、ランスロットは益々感心した。そして、もしかしたら光線銃は無理でも、懐に隠し持てるサイズの火薬式拳銃ならばこのウーノでも作れるのでは? と云う発想に至り、早速ライフルの製造元を訪ねる事にした。無論、エトワールを護衛に付けて、である。
「そなた、何故いきなり銃なぞに興味を持ったのだ?」
「ん? だって、僕はいつ命を狙われてもおかしくない立場なんだよ。もし一人で居る時に襲われたら、身を守る術が無いからね。護身用の武装ぐらいは持っていたいのさ」
「その為に私が居るのではないか?」
「……お風呂まで一緒、って訳にはいかないでしょ?」
やや頬を紅潮させ、恥ずかしそうにそう告げるランスロットを見て、エトワールはボッと火を点けたように赤くなり、尤もだと納得した。それに、城内に居たとしてもいつ謀反が起こるかは分からない。彼の血液は唯一無二の蟲に対抗できる手段なのだ。それを狙った不届き者は、何処に居るか分かった物ではない。
「拳銃の構造ぐらいは説明できる、構造が分かれば作る事も容易かろう」
「助かるよ、エトワール」
ニコッと笑い、ランスロットは礼を言った。その口許から覗く白い歯が眩しい。その笑顔を見て、エトワールは何故か体が熱くなるのを自覚していた。その理由までは理解できなかったが……
そしてエトワールが製造元で拳銃の構造を解説すると、技術者は『何と画期的な!』と目を輝かせた。問うたところ、開発・製造は充分可能であるらしい。ただし、排莢と装填を同時に行う構造を実現するにはかなり複雑な造りとなってしまう為、そこがネックとなった。そこでエトワールは、排莢・装填にやや手間は掛かるが、構造が単純な回転式弾倉――リボルバーの構造を説明した。これは装填・排莢が全て手動となる代わりにトラブルが起こりにくい上、特殊な銃弾の装填も可能と云う利点があるので、連射に拘らないならこれで充分であると最後に一言添え、説明を終えた。
こうしてライフルに代わる護身用小型銃――拳銃の技術がウーノにもたらされたが、それは飽くまで『ランスロット専用』の装備として特注されるに留まった。理由は、一丁製造するのに掛かるコストが非常に高価である事に起因し、とても一般に普及できる値段では作れない事が分かったからである。
「じゃあ、目処が立ったら連絡を下さい」
新型銃を一丁発注すると、ランスロットとエトワールを乗せた馬車は城へと戻って行った。何しろゼロからの開発になるので納期はいつになるか分からない、という事だった。しかし急ぐ買い物でも無い上、当面の護衛としてはエトワールが居る。それに、これは元々ランスロットの思い付きで発案された物なので、急かす訳にもいかなかったのだ。が……
(出来るだけ、急いで欲しいな。ウィルはあの調子だし、父もいつ乱心するか分かった物じゃない。それを止める力が、僕には必要なんだ。エトワールを信頼していない訳じゃ無い、しかし何故だろうか。彼女を盾にする事を想像すると、胸が痛むんだ。そう、逆に僕が彼女を護ってあげたいと云うか……)
モヤモヤとした何かが、ランスロットの胸中にはあった。そしてエトワールは逆に、拳銃の開発に出来るだけ時間が掛かる事を望んでいた。ランスロットの希望を否定する訳では無い、だが彼自身が武装する必要は何処にも無い……それが彼女の正直な意見だったのだ。しかし、その必要性は直ぐ目前に迫っていたのだった。
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