§3

「じゃあ、ノーヴェにはお兄さんが?」

「ああ。生きていれば、だがな。しかし、幾ら不死の身体を得た身とはいえ、あの細菌が充満した大気の中ではそう長く生きられる筈は無い。恐らくは、もう母星の土となっているだろう」

 何とも……と云った風に、ランスロットは驚愕の表情を見せた。この幼ささえ感じさせる少女が、そのような凄惨な地獄を見て来たとは、想像だにしていなかったのだ。そして彼は思い出していた。嘗てノアが話していた『ノーヴェで出会った不思議な人』の話と、その時に打ち上げられたというロケットの話を。その『不思議な人』がエトワールの兄であり、飛び立ったロケットにエトワールが乗っていたのだという事に彼が気付くまでそう時間が掛からなかったと云うのは、もはや語るべくもあるまい。

「そして私はこの星に降り立ち、各地を旅して回った。自然豊かな、美しい星だと思った……しかし、腑に落ちない所がある。ここウーノは、ズィーロを発った人類が初めて到達した惑星だった筈。なのに、何故こうも文明の発達が遅れているのだ?」

「ああ、その事か。うん、僕も母さんから聞いただけだから、詳しくは無いんだけど……」

 そう言って、ランスロットは一冊の本を取り出し、広げてみせた。古い文字で記された手書きの本で、何とか読む事は出来る、という代物だった。ズィーロからの移民者が開拓時代に残した、古文書であるという。

「これ、最初に見た時は僕もまだ小さくてね。読めない所が沢山あったから、母さんに読んで貰ったんだ……えぇと、移民団がここウーノに辿り着いたのが、約5千年前だとされているね。君たちのノーヴェより、2千年ほど早く移民が始まった事になるんだな」

 ページを捲りながら、ランスロットは続けた。何しろ古い記憶である上に、本に記された文字自体も所々掠れていたり、酷い場所になるとページが欠損していたりして、非常に読み辛い状態だったのだ。

「このような貴重な資料が、何故ポンと出て来るのだ?」

「んー……それは僕にも分からないけど、母さんが探して来たものだって聞いた事があるから……続けるね。ズィーロの自然を目の当たりにし、その美しさに憧れを持っていた人類は、ウーノを発見した時に大変驚いたそうだよ。あまりにも、ズィーロにそっくりだったらしいから」

 ふぅん……と、興味深そうに紙面に目を落としながら、エトワールは頷いていた。そして、彼女は理解した。最初の移民団が科学を捨てて原点回帰する為に、移民船や科学によって作られた道具類を、基礎開拓が済んだ時点で全て放棄した事を。因みに、この歴史については、ごく一部の特権階級にのみ伝えられ、庶民がそれを知る事は無かったのだという。

「そういう訳だったのか……という事は、ノーヴェはその正反対を選んだ事になるのだな。あの星は人類の生存にギリギリ適合した環境で、かなりの改造をしなければ住めない状態だったからな。街中の至るところに空調設備があったおかげで、快適ではあったのだが……自然とは無縁の、無機質な印象だった。まぁ、つまるところ、科学に頼らなければ生きる事さえも儘ならない、不幸な星だったのだな」

 その一言を聞いて、ランスロットは『同じ地球でも、随分と違いがあるんだな……』と驚いていた。が、然もありなん。彼は神の子ではあるが、人界で生まれ育った人間との混血児であるが故、その知識の深さも、人間のそれと大差は無かったのだ。

 ――と、その時。エトワールが蟲の気配を感じて、窓の外に目をやった。

「ふん、また蟲が……いや待て、あれは……いかん、人間が襲われている!」

「え!? 大変だ、助けに行かないと!」

「間に合わん! ……やむをえん、許せ!」

 言うが早いか、エトワールはバッとスカートを捲り上げ、中に隠されたホルスターから拳銃を取り出し、窓の外に向けて引き金を引いた。銃口から放たれたのは、ウーノの銃の弾丸とは違う、赤い熱線だった。

「間一髪、間に合ったようだな。高貴な身分の者なのか? 王族と同じ服装をしているが……どうした?」

「え、エトワール……その銃は何? 火薬で弾丸を撃ち出すんじゃないの? それに、その……」

「どうした、言いたい事はハッキリ言わないと分からないじゃないか」

「い、言っていいのかな……その、スカート……捲れたままなんだけど」

「……!! 馬鹿者、見るな!!」

 その時、僕は白昼の空に星を見た……と、後にランスロットは語る事になる。が、直前まで見えていた美しい脚と、その奥に映える純白の下着は彼の脳裏にしっかりと焼き付き、暫く忘れる事が出来なかったと云う。

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