§2

「そう言えば、さ……」

「ん?」

 窓辺にもたれ掛かり、ぼんやりと外を眺めていたエトワールにランスロットが声を掛けた。

「さっき、孤児だって言ってたよね。それに、ノーヴェからの移民だとも……という事は、一人で旅をして来たのかい?」

「ああ、その通りだが。何故、そのような事を訊く?」

「いや、確かノーヴェから此処までは、光速で移動しても500年は軽く掛かる筈。しかし君は……」

 それにしては若すぎる、と言おうとしたのだろう。だが、その台詞が出る前に、エトワールが自らの声でそれを遮った。

「……遺伝子操作と改造手術で、死ねない身体にされたと言った筈だ」

 その顔は窓の外へ向けられていた為、表情を読み取る事は出来なかった。しかし、ランスロットの耳の届いた声は、心なしか悲しげに聞こえた。いや、このような悲痛な話を二度もさせられたら、誰であっても良い気分はしないであろうが。

「ゴメン、悪気はないんだよ。ただ、にわかに信じられない話だったんでね。聞き返して悪かった」

「構う事は無い。どうせ死んだ星、捨てた故郷だ。どうなろうと知った事では無い」

 そして彼女は語った。故郷ノーヴェで、自分がどのような仕打ちを受けて来たのかを……


**********


「……ちょ、どうしたの!?」

 食事を運んで来た職員がいきなり倒れたのを見て、鉄格子の中に座していたエトワールは驚いたように声を掛けた。だが、その職員は既に白目を剥いて絶命しており、呼び掛けに対しても無言の回答を返すだけであった。

「ふん……バカな事をしたもんだ。あの細菌は熱に強く、炎なんかじゃ焼き殺せない。むしろ建物に封じ込めておいた方が安全だったのに、わざわざ建物を壊して、更に熱で煽って拡散させるとはな。ククク……天罰覿面とはこの事さ」

「兄上? 何かご存知なのですか!?」

「言った通りだ、俺達をこんな目に遭わせた天罰が下ったのさ。この愚かな人間どもにな」

 壁の向こうから聞こえて来る声に、エトワールは抗議するかのような声を浴びせた。確かに人間に恨みはある。しかし、このような事態を笑って見ていられるほど自分は堕ちてはいない、と。

「何を言う、お前だって憎んでいただろう? 弄ばれ、甚振られ……その挙句に死ねない身体にされた事をな……ここを出るぞ、壁から離れているんだ」

「え……?」

 次の瞬間、鈍い音と共に両者を隔てる壁が崩れ、凄まじい埃が舞った。そしてその向こうから、青い肌に鱗を纏った異形の青年が姿を現した。彼の名はジークフリード。非道な人体実験を受け、且つ身体を部分的に機械化された『生物兵器』の験体である。だが彼はその外見が醜悪になってしまい、目立ち過ぎるという理由により改造途中で放棄され、以来ずっと幽閉され続けて来たという過去を持つ為、人間に……いや、人類に深い憎悪の念を持っていた。

「けほっ、けほっ……何て野蛮な! 鍵に細工をすれば、このような……」

「面倒な事は嫌いでな」

「やれやれ。すっかり粗野な性格になってしまったのですね」

 パンパン、と衣服に付いた埃を叩き落とすと、エトワールは青年の方に向き直り、キッと目線をきつくした。彼女はジークフリードの実の妹で、同じく人体実験を受けた被験者であるが、実は実験が施されたのは彼女の方が早かった。その所為か、機械化された個所もジークフリードに比して幾分か少なく、兵器としての改造も施されていない。何故、年下である彼女の方が早く実験を受けたのか……それは、この9番目の地球――『ノーヴェ』に於ける富裕層と貧困層の格差が激しく、彼らがその貧困層に属していた事に起因する。

 スラムを形成し、その中で暮らしていた彼らは、当時は穏やかな性格の仲睦まじい兄妹であった。が、その両親が生活の為、エトワールを研究施設に売り渡したのである。その事実を知ったジークフリードは怒り狂い、研究施設に殴り込んでその身を拘束された。そして牢獄の中で二人は再会したが、その時既にエトワールは生体実験を受け、改造された後だったのである。

 ジークフリードにメスが当てられる時、科学者たちは『もっと面白い事をやってみよう』と笑っていたという。そして再び目を開けた時、彼は循環器や呼吸器などを機械化され、エトワールと同様『死ねない身体』になっていた。しかも、生物学研究所のお遊びで製造された『ドラゴン』を模した怪獣の細胞を植え付けられ、自らの意思で展開・収納が可能な翼と、岩をも片腕で砕く怪力を併せ持った生物兵器――キメラにされたのであった。しかし、その外観があまりに醜悪なものとなってしまった事で科学者たちが次々とプロジェクトから離脱してしまい、実験は中断を余儀なくされた。結果として、彼は中途半端な改造を受け、人間でもない、化け物でもない……極めて曖昧な存在にされたまま、放置される事になったのである。そんな彼が人類に対して激しい憎悪の念を抱くのも、無理からぬ事であった。

「この細菌は、やがてノーヴェ全土に行き渡る。この星は死の星となるのだ……当然の報いだな」

「私とて、人類に恨みはあります。しかし、このような手段は好みません」

「俺がやった訳ではない、勝手にこうなったのだ」

「……死ねないと云うのは、とても悲しいものなのですね」

 そう言うと、エトワールは残されていた恒星間移動用シャトルに乗り込んだ。

「兄上は、どうなさるおつもりで?」

「俺か? ふむ……この星の無様な姿を見届けても良いが、まぁ、時間は永遠にあるのだ。ゆっくり考える事にするさ」

 それが別れの言葉となった。兎に角、生命のある星へ……別の地球へと望みを託してコックピットに乗り込み、生命反応探査装置と自動操縦装置を連動させると、エトワールを乗せたシャトルはマスドライバーを駆け上がり、宇宙へと飛び立って行った。それを見送ったジークフリードは、ふん! と鼻を鳴らすと、マントを翻し、当ても無く旅立って行った。

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